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弁護士・亀井英樹先生の法律ノウハウ

大阪高裁平成18年5月23日判決について

 昨年、大阪高裁で商業ビルに関する原状回復に関する判例が出されました。商業ビルに関する判例については、最近では、東京地裁において、「本件賃貸借においては、本件賃借部分を賃借した時点の原状に回復する旨が合意されたものであり、加えて、本件賃貸借が事務所使用目的の企業間の契約であることや壁、天井等の塗装替も原告の負担とする旨が合意されたことをも勘案すると、原告は、上記文言どおり、通常の使用により生じた汚損、破損も含めて、賃借した時点の原状に回復すべき義務を負ったものというべきである。」という判断が示されており(東京地裁平成16年11月11日判決 出典:判例マスター)、商業ビルに関しては、住居用の建物賃貸借契約と比べて、原状回復に関する解釈も非常に緩やかに解釈することも許されると考えられておりました。

 しかし、大阪高裁において平成18年5月23日下された判決においては、「本件賃貸借契約において、通常損耗も含めて控訴人が原状回復義務を負う旨の特約が締結されたか否かについて、検討する。

 ア.建物の賃借人は、賃貸借契約が終了した場合には、賃借物件を原状に回復して返還する義務があるところ、賃貸借契約は、賃借人による賃借物件の使用とその対価として賃料の支払を内容とするものであり、賃借物件の損耗の発生は、賃貸借という契約の本質上当然に予定されているものである。

 そのため、建物の賃貸借においては、通常損耗により生ずる投下資本の減価の回収は、通常、減価償却費や修繕費等の必要経費分を賃料の中に含ませてその支払を受けることにより行われている。

 そうすると、建物の賃借人にその賃貸借において生ずる通常損耗についての原状回復義務を負わせるのは、賃借人に予期しない特別の負担を課することになるから、賃借人に同義務が認められるためには、少なくとも、賃借人が補修費用を負担することになる通常損耗の範囲が賃貸借契約書の条項自体に具体的に明記されているか、仮に賃貸借契約書では明らかでない場合には、賃貸人が口頭により説明し、賃借人がその旨を明確に認識し、それを合意の内容としたものと認められるなど、その旨の特約が明確に合意されていることが必要であると解するのが相当である(最高裁判所平成17年12月16日第二小法廷判決・裁判所時報1402号6頁参照)。

 イ.これを本件についてみると、前記のとおり、本件賃貸借契約には、契約が期間満了または解約により終了するときは、終了日までに、賃借人は本件貸室内の物品等一切を搬出し、賃借人の設置した内装造作諸設備を撤去し、本件貸室を原状に修復して賃貸人に明け渡すものとするとの条項(本件賃貸借契約書22条1項)がある。

 しかしながら、上記の条項は、その文言に照らし、賃借人の用途に応じて賃借人が室内諸設備等を変更した場合等の原状回復費用の負担や一般的な原状回復義務について定めたものであり、この規定が、賃借人が賃貸物件に変更等を施さずに使用した場合に生じる通常損耗分についてまで、賃借人に原状回復義務を認める特約を定めたものと解することはできない。

 したがって、同条項は、賃借人が通常損耗について補修費用を負担すること及び賃借人が補修費用を負担することになる通常損耗の範囲を明記するものでないことは明らかであり、また、本件全証拠によっても、賃貸人がこれらの点を口頭により説明し、賃借人がその旨を明確に認識し、それを合意の内容としたと認められるなど、その旨の特約が明確に合意されていることを認めるに足りる証拠はないから、本件賃貸借契約において、通常損耗分についても控訴人が原状回復義務を負う旨の特約があることを認めることはできない。」

 と判断し、先の東京地裁の判決を覆し、原状回復の特約で、通常損耗の部分の補修費を賃借人に負担させる場合には、賃借人が明確に認識し、合意の内容としたと認められるような証拠(契約書に明記するなど)が必要であることを明確にしました(出典:裁判所ホームページhttp://www.courts.go.jp)。

 大阪高裁が、上記の東京地裁の判断を覆した原因としては、判旨においても述べているとおり、平成17年12月に最高裁において原状回復に関する判決が下されており、商業ビルであっても、それを無視することができないとの判断があったからではないかと推測されます。

 したがって、大阪高裁の判断が最高裁の判断を踏まえた判断であることを考慮しますと、関西における地域的な特殊な判決と見るべきではなく、商業ビルや事業用建物の賃貸の原状回復については、今後東京地裁等の他の裁判所においても同様な判断が下される可能性が高いのではないかと考えられます。

 このため、事業用の建物賃貸借契約においても、今後は大阪高裁の判断を踏まえて、原状回復における補修費の負担区分について賃借人に通常損耗部分についての負担をさせる場合には、その負担部分の明確化などの契約条項の見直しも検討する必要が出てきているのではないかと思います。

2007.01/30

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亀井英樹(かめいひでき)
東京弁護士会所属(弁護士)
昭和60年中央大学法学部卒業。平成4年司法試験合格。
平成7年4月東京弁護士会弁護士登録、ことぶき法律事務所入所。
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【著 作 等】
「新民事訴訟法」(新日本法規出版)共著
「クレームトラブル対処法」((公財)日本賃貸住宅管理協会)監修
「管理実務相談事例集」((公財)日本賃貸住宅管理協会)監修
「賃貸住宅の紛争予防ガイダンス」((公財)日本賃貸住宅管理協会)監修