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弁護士・亀井英樹先生の法律ノウハウ

貸室内における自殺事故に関する判例について

(出典:ウエストロー・ジャパン http://www.westlawjapan.com/)

貸室内の自殺と賃貸人の損害

貸室内における自殺事故が発生した場合、賃貸人は、当該貸室についての修繕費用やお祓い等の費用がかかるほか、宅地建物取引業法47条第1号二において、「宅地若しくは建物の所在、規模、形質、現在若しくは将来の利用の制限、環境、交通等の利便、代金、借賃等の対価の額若しくは支払方法その他の取引条件又は当該宅地建物取引業者若しくは取引の関係者の資力若しくは信用に関する事項であつて、宅地建物取引業者の相手方等の判断に重要な影響を及ぼすこととなるもの」については、賃貸借契約の勧誘に際して故意に事実を告げず、又は不実のことを告げる行為が禁止されておりますが、貸室内における自殺事故は心理的な瑕疵に該当するため、賃貸借契約の締結の際の重要な事項として、宅建業法47条の告知義務が発生いたします。

この結果、貸室内において自殺事故が発生した場合には、賃貸人は、単に修繕費用等の損害だけでなく、その後も当該事故についての告知義務が生じることにより、賃料額を通常の周辺相場の金額より大幅に安くしないと募集することが困難となります。このため、賃貸人については、自殺事故が発生することによりその後の賃料収入も大幅な減収となることから、賃借人や連帯保証人に対して当該減収分を損害として請求できるのか、また、請求できたとしても、どの程度請求しうるのかが大きな問題となります。

しかし、この点についての判例は少なく、基準が明確ではありませんでした。ところが、最近、貸室内での自殺事故の場合の賃貸人の損害に関する判決が新たに出されましたので、下記のとおり紹介いたします。


東京地裁平成19年8月10日判決の内容

(1) 事案の概要

原告が賃貸人として賃借人にアパートの一室(以下「本件203号室」という。)を、平成15年10月,原告が所有する本件建物の本件203号室を期間2年の約定で賃貸し,さらに,原告とBは,平成17年10月15日,期間を平成17年10月28日から2年間,賃料月額6万円,共益費及び管理費はなし,敷金6万円の約定で本件203号室の賃貸借契約を更新した。そして、被告Y2が賃借人の連帯保証人であったところ,賃借人が本件203号室内で自殺したが,これは賃借人の善管注意義務違反に当たるとして,原告が,賃借人を相続した被告Y1に対しては賃貸借契約の債務不履行に基づき,被告Y2に対しては連帯保証契約に基づき,連帯して,原告が被った損害の支払を求めて提訴したもの。
原告は、損害額について下記のとおり算定して被告らに対して請求した。

a  本件203号室は,当初2年間は賃貸することができず,その後4年間は賃料半額(3万円)での賃貸を強いられるものと考えられるから,原告には288万円の損害が生じることになる。
   (6万円×12か月×2年=144万円と3万円×12か月×4年=144万円の合計288万円)

b  本件建物は1階5室,2階5室の合計10室で構成されているところ,その内,本件203号室の両隣と階下の3室については,当初2年間は賃料半額(3万円),その後4年間は8割程度の賃料(4万8000円)での賃貸を強いられるものと考えれるから,原告には388万8000円の損害が生じることになる。
   (3万円×12か月×2年×3室=216万円と1万2000円×12か月×4年×3室=
   172万8000円の合計388万8000円)
   以上によれば,原告の損害は676万8000円である。

(2) 裁判所の判断

1.賃借人の債務不履行の有無について

【1】  賃貸借契約における賃借人は,賃貸目的物の引渡しを受けてからこれを返還するまでの間,賃貸目的物を善良な管理者と同様の注意義務をもって使用収益する義務がある(民法400条)。そして,賃借人の善管注意義務の対象には,賃貸目的物を物理的に損傷しないようにすることが含まれることはもちろんのこと,賃借人が賃貸目的物内において自殺をすれば,これにより心理的な嫌悪感が生じ,一定期間,賃貸に供することができなくなり,賃貸できたとしても相当賃料での賃貸ができなくなることは,常識的に考えて明らかであり,かつ,賃借人に賃貸目的物内で自殺しないように求めることが加重な負担を強いるものとも考えられないから,賃貸目的物内で自殺しないようにすることも賃借人の善管注意義務の対象に含まれるというべきである。

【2】  したがって,賃借人であるBが本件203号室を賃借中に同室内で自殺したことは,本件賃貸借契約における賃借人の善管注意義務に違反したものであり債務不履行を構成するから,Bを相続した被告Y1には,同債務不履行と相当因果関係のある原告の損害を賠償する責任がある。

2.被告Y2の連帯保証責任の範囲について

【1】  被告Y2が,原告に対し,平成17年10月13日,本件賃貸借契約に基づくBの原告に対する債務を連帯保証すると約束したこと(本件連帯保証契約)は,当事者間に争いがなく,また,上記1で認定・判断したとおり,賃借人であるBが本件203号室を賃借中に同室内で自殺したことは,本件賃貸借契約の債務不履行を構成し,これによるB(被告Y1)の原告に対する損害賠償債務が,本件賃貸借契約に基づくBの原告に対する債務であることは明らかであるから,被告Y2には,本件連帯保証契約に基づき,賃借人であるBが本件203号室を賃借中に同室内で自殺したことと相当因果関係にある原告の損害について,被告Y1と連帯して,賠償する責任がある。

【2】  これに対し,被告Y2は,本件連帯保証契約の責任範囲は,賃料不払などの通常予想される債務に限られ,賃借人であるBが自殺したことにより生じる損害賠償債務は含まれないと主張しているが,被告Y2作成の連帯保証人確約書(甲3)には,被告Y2が主張するような責任範囲を限定する趣旨の記載はなく,かえって,「一切の債務」につき連帯保証人として責任を負う旨の記載があることが認められるのであるから,被告Y2の主張は採用できない。

3.原告の損害について

【1】  Bが本件203号室内で自殺したことによる原告の損害としては,そのこと自体による本件建物の価値の減少や,賃貸が困難となることにより生じる将来賃料の得べかりし利益の喪失が考えられるが,本件では,原告は,Bが自殺した当時,本件203号室を含む本件建物を売却する予定があったわけではないから,将来賃料の得べかりし利益の喪失について検討すれば足りると考える。

【2】  自殺があった建物(部屋)を賃借して居住することは,一般的に,心理的に嫌悪感を感じる事柄であると認められるから,賃貸人が,そのような物件を賃貸しようとするときは,原則として,賃借希望者に対して,重要事項の説明として,当該物件において自殺事故があった旨を告知すべき義務があることは否定できない。

しかし,自殺事故による嫌悪感も,もともと時の経過により希釈する類のものであると考えられることに加え,一般的に,自殺事故の後に新たな賃借人が居住をすれば,当該賃借人が極短期間で退去したといった特段の事情がない限り,新たな居住者である当該賃借人が当該物件で一定期間生活をすること自体により,その前の賃借人が自殺したという心理的な嫌悪感の影響もかなりの程度薄れるものと考えられるほか,本件建物の所在地が東京都世田谷区という都市部であり,かつ,本件建物が2階建10室の主に単身者を対象とするワンルームの物件であると認められることからすれば,近所付き合いも相当程度希薄であると考えられ,また,Bの自殺事故について,世間の耳目を集めるような特段の事情があるとも認められないことに照らすと,本件では,原告には,Bが自殺した本件203号室を賃貸するに当たり,自殺事故の後の最初の賃借人には本件203号室内で自殺事故があったことを告知すべき義務があるというべきであるが,当該賃借人が極短期間で退去したといった特段の事情が生じない限り,当該賃借人が退去した後に本件203号室をさらに賃貸するに当たり,賃借希望者に対して本件203号室内で自殺事故があったことを告知する義務はないというべきである。

また,本件建物は2階建10室の賃貸用の建物であるが,自殺事故があった本件203号室に居住することと,その両隣の部屋や階下の部屋に居住することとの間には,常識的に考えて,感じる嫌悪感の程度にかなりの違いがあることは明らかであり,このことに加えて,上記で検討した諸事情を併せ考えると,本件では,原告には,Bが本件203号室内で自殺した後に,本件建物の他の部屋を新たに賃貸するに当たり,賃借希望者に対して本件203号室内で自殺事故があったことを告知する義務はないというべきである。

【3】  以上を前提に検討すると,原告は,Bが本件203号室内で自殺した後に,本件203号室をさらに賃貸するに当たり,賃借希望者に対して本件203号室内で自殺事故があったことを告知しなければならず,そうすると,常識的に考えて,心理的な嫌悪感により,一定期間,賃貸に供することができなくなり,その後賃貸できたとしても,一定期間,相当賃料での賃貸ができなくなることは,明らかである。

ところで,証拠によれば,原告は,Bの自殺から約3か月後の平成19年1月15日に,本件203号室を,期間2年,賃料月額3万5000円,共益費及び管理費なし,敷金なし,サブリース目的との約定で賃貸した事実が認められるが,将来の逸失利益の認定においては,口頭弁論終結時までに発生した事実も推認の材料とすることはあるにしても,口頭弁論終結時までに発生した事実から直接的に認定するものではないから,上記認定の事実自体から直ちに原告の具体的な逸失利益を認定することはできない。

そして,当裁判所としては,上記(2)で認定・判断した諸事情に,上記で認定した事実をも参考とし,これらを総合的に検討した結果,本件では,本件203号室を自殺事故から1年間賃貸できず,その後賃貸するに当たっても従前賃料の半額の月額3万円での賃貸しかできず,他方で,賃貸不能期間(1年間)と一契約期間(2年間)の経過後,すなわち自殺事故から3年後には,従前賃料の月額6万円での賃貸が可能になっていると推認するのが相当であると考える。

そうすると,原告の逸失利益(中間利息をライプニッツ方式により年5%の割合で控除することとする。)は,1年目が68万5656円(6万円×12か月×0.9523),2年目が32万6520円(3万円×12か月×0.9070),3年目が31万0968円(3万円×12か月×0.8638)であるから合計132万3144円となる。

【4】  他方で,原告には,Bが本件203号室内で自殺した後に,本件建物の本件203号室以外の部屋を新たに賃貸するに当たり,賃借希望者に対して本件203号室で自殺事故があったことを告知する義務があるとはいえず,また,本件建物の各部屋は都市部にある主に単身者用の賃貸物件であることからすれば,その賃借人として想定されるのは,本件建物の周辺の住民など本件203号室内で自殺事故があったことを知り得る者に限られず,さらに,Bが本件203号室内で自殺したことを本件建物の周辺の住民以外の者も知っていると認めるに足りる特段の事情も認められないから,本件203号室内で自殺事故があったことにより,本件建物の本件203号室以外の部屋の賃貸に困難を生じるとは認められない。したがって,本件建物の本件203号室以外の部屋について原告の逸失利益は認められず,本件建物の205号室に関して現実に賃料の減収が生じているとしても,これはBの自殺と相当因果関係のある損害とは認められない。


裁判所の判断について

本件では、まず、自殺事故があった場合のその後の賃貸人の賃料の減収について、自殺事故との間に因果関係が存在することを認め、賃借人の相続人及び連帯保証人に責任を認めている点は、従来の判例を踏襲したものと言えます。

しかし、今回の判決は、まず、隣室の損害についても言及しており、隣室についてまでは、自殺事故の告知義務が存在しないこと、そのけっか、隣室について賃料の減収等の損害は生じないという判断をしている点は着目すべき点であると思います。

また、損害額の算定についても、賃料の減収について、当該貸室に心理的な嫌悪が発生する期間として3年間とし、1年間は賃料額全額の減収を認め、その後2年間については賃料額の半額の減収を認め、3年分の賃料の減収を損害として認めている点において、従来の判例とは異なる期間及び損害額の算定を行っているなっている点が着目すべき点であると思います。なお、3年分の損害額を現在価値に引き直すためにライプニッツ係数を用いている点も参考になると思います。

ただし、今回の判決は、当該自殺事故の発生した貸室の場所や契約内容、使用状況等から判断されたものであり、決して建物賃貸借契約全般に一律に適用されるものではないことも十分に踏まえておく必要があると思います。

しかしながら、賃貸借における自殺事故に関する判例は、非常に少ないため、今回の判決は、賃貸借における自殺事故が発生した場合に賃貸人が損害賠償請求を行うための貴重な参考例の一つになるのではないかと思います。

2008.11/25

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亀井英樹(かめいひでき)
東京弁護士会所属(弁護士)
昭和60年中央大学法学部卒業。平成4年司法試験合格。
平成7年4月東京弁護士会弁護士登録、ことぶき法律事務所入所。
詳しいプロフィールはこちら ≫

【著 作 等】
「新民事訴訟法」(新日本法規出版)共著
「クレームトラブル対処法」((公財)日本賃貸住宅管理協会)監修
「管理実務相談事例集」((公財)日本賃貸住宅管理協会)監修
「賃貸住宅の紛争予防ガイダンス」((公財)日本賃貸住宅管理協会)監修