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不動産・コンサルタント倉橋隆行先生の不動産投資ノウハウ

不動産コンサルタント始末記

バブルが残したトラブル処理(その11)

 「前田さん、廣瀬です」
 インターホンを押しながら、廣瀬が言った。
 「いらっしゃいますか?」
 「はぁーい」
 入居者の前田は、別に何もなかった様子でマンションの扉を開けた。
 「こんにちは」
 「前田さん、こちら所有者の吉田さんです」
 廣瀬が前田に吉田を紹介した。

 

 「はじめまして、吉田といいます」
 吉田は、丁寧な挨拶をした。
 「あらぁ、お若い方ですのね」
 前田は、これから仕事に出かける所だったらしく、化粧が整い、胸の谷間が大きくはだけた服装をしていた。
 「大家さんっていうと、もっと年老いた方かと思ってました」
 「今日、裁判だったのはご存知ですか?」
 倉橋は、前田に切り出した。
 「裁判所には、いらっしゃいませんでしたよね」
 「はい、行っても仕方がないと思いましたし・・・」
 少し俯いた様子で前田が言った。 
 「娘の学校にも呼び出されましたので」
 マンションの扉の向こうには、髪の毛をまっ茶色に染めた高校生の娘がこちらを窺っていた。
 「本日、裁判のほうは結審しました」
 倉橋は前田に対し、裁判の結果を報告した。
 「つまり、来週早々、前田さんはここを出なさい、というような判決が言い渡されます」
 「やっぱり、そうでしょうね。家賃も払っていないんですから」
 前田も、結果については承知していた様子だった。
 「でも、家賃を払ったら住めるんでしょ?」
 「残念ですが、こちらとしては前田さんに明渡してもらうことを望んでいます」
 倉橋は丁寧に言った。
 「前田さんも、過去に遡ってたまった賃料を支払うことは無理でしょう」
 「そこは何とかしますから、せめて娘が高校を卒業するまでは、ここに住ませて貰えませんか?」
 前田は振り返って部屋の中にいる娘のほうをチラッと見て言った。
 「もう、高校3年生なんです」
 「お気持ちはわかりますが、残念です」
 倉橋は、きっぱりと言った。
 「こちらとしても、前田さんに恨みはありませんが、方針は決めています。強制執行までは時間があります。お早めに転居先を決めて、お出になってください」
 淡々と話す倉橋に、取り付く島がないと判断したのか、前田は、廣瀬にお願いした。
 「高校3年生といえば、大切な時期なんです。うちの子は進学はしないと思いますが、ようやく立ち直ってきた所なんです」
 「いやぁ、私に言われましても・・・」
 前田に迫られた廣瀬は返す言葉に詰まったが、「うちの先生が方針を決めてますので、私が変える訳にはいきません」と、倉橋の決定であることを告げ、見放すように言った。
 話のやり取りの中で、どうも前田の娘は不良であり、ようやく最近になって改善されてきたというような印象をもった。
 「もう分かったから帰れよぅ」
 部屋の中から、娘が出てきて言った。
 「お母さん、この人たちが駄目だって言ってるんだから、いくら言ったって駄目なのよ」
 髪の毛はまっ茶に染め、薄化粧をした娘は、大人ぶってはいるものの、まだあどけない顔立ちをし、前田に似て美人だった。
 「こんな廊下でみっともないから、もう、帰ってください。私たち、この家から出て行きますから」
 「お嬢さんね。この吉田さん、ここの大家さんなんだけどさ。この人もね、前田さんから家賃もらってなくて困ってるんだ」
 倉橋は、前田の娘に少しでも理解を得られるように話をした。
 「もちろん、前田さんだけが悪いわけじゃなくてさ、権藤っていたろ。吉田さんも、お母さんも、この権藤に騙されちゃったわけ」
 睨みつける前田の娘に、賃料を支払わない理由を権藤のせいにして、家庭内がギクシャクしないよう配慮する為に付け加えた。
 「そうは言っても、今日の裁判で確定したからね。やっぱり、ここは出てもらわなくちゃならないのね。あとで、よくお母さんと相談して、いい引越先探してね」
 「わかりました」
 娘は前田の腕を引っ張り部屋に引き入れると、バタンと扉を閉めた。

 


 「なんだか、可哀想じゃないですか」
 無言のまま双方の会話を聞いていた吉田が、倉橋に言った。
 「せめて高校を卒業するまで、待ってあげたらどうですか」
 「あのね、吉田さん。ここからは私情は禁物ですよ」
 法的手続きで私情は禁物である。動産の差し押さえから明渡しの強制執行に至るまで、このような場面は多くある。例えば、債務者が泣いて縋ってきて期日を延期した所で、結果、解決に至ることはない。法的手続きは判決を取ってから強制執行に至るまで、相応な時間が掛かるようにできている。その間に積極的に双方解決に向かって努力し、それでも相手方が応じないときは、強制執行はやむを得ないのである。ここは、プロとして引いてはいけない部分である。
 「変に同情すると、吉田さん、傷口は深くなりますよ」
 「それに吉田さん」廣瀬が付け加えるように言った。
 「あの娘さんが高校卒業するまで、資金的に耐えられるんですか?」
 吉田は、この廣瀬の言葉に、背中に冷たいものが流れるのを感じた。

2005.08/16

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倉橋隆行 (くらはしたかゆき)
1958年9月25日生
96年に(社)全国賃貸住宅経営協会横浜南部支部支部長に就任し、翌年、同協会の神奈川連合会の創設に伴い副会長に就任。98年、不動産業界に関するシンクタンクである不動産体系研究所創設に伴い、取締役所長に就任。99年、総合的な月貸し賃貸の運用会社である(株)月極倶楽部を創立、代表取締役に就任。同時に(株)三春情報センターを退職。そして、資産運用管理会社である(株)CFネッツを創立し、代表取締役に就任。2001年、2002年JREM国際CPM協会副会長就任。2003年4月、IREM(全米不動産管理協会)より、CPM(公認不動産管理士サーティファイド・プロパティマネージャー)の称号を日本で初めての公式試験受験による取得者となる。現在、グループ企業4社の代表取締役と取締役、その他公益法人の役職をこなし、超多忙な仕事をこなしている。
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