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不動産・コンサルタント倉橋隆行先生の不動産投資ノウハウ

不動産コンサルタント始末記

バブルが残したトラブル処理(その16)

 強制執行というのは、何度やっても、嫌なもんだな、と倉橋は思った。また、この作業に携わっている人たちも、気持ちよくやっている訳ではないんだろうな、とも思った。
 前田の住むマンションのエレベーターは狭く、大きな家具を一つ入れるとすぐに一杯になってしまい、さすがの屈強な男達も、ふうふう言いながら階段もあわせて利用しながら荷物を運び出していた。中の荷物は、玄関からも外された窓からもどんどん廊下に出され、狭い廊下はすぐに荷物で一杯になっていた。

 

 「ひとでなし!あんた達、それでも人間なの!」
 前田は、狂ったように叫んだが、誰一人として耳を傾ける様子はなかった。
 「本当に、いい加減にしてください」
 執行官は面倒くさそうに吐き捨てるように言った。
 「二人とも、建物から退去してください」
 「お願いです・・・。これだけは捨てないで下さい!」
 かつて茶髪でだらしのない身なりをしていた娘が、随分、大人びた様子になっていた。
 「このステレオは、父の形見なんです!」
 そういうと古びたステレオセットに覆い被さるように泣き崩れた。
 「お嬢さんね、それ、保管荷物だから、ちゃんと保管しておくように言っておくから、頼むからお母さんと外に出てくださいね」
 執行官はちょっと顔色を変えたが、結果的に強制執行を妨害する娘を排除するように努力した。
 倉橋も廣瀬も、これには動揺したが、ここで強制執行を不調にすることはできない。その様子を沈黙のまま見守っていた。しかし、吉田の目には、一杯の涙が溜まっていた。

 

 休む間もなく荷物を搬出する秀栄の屈強な男達と女性のチームは、段取りよく処分の荷物と保管荷物を振り分け、マンションの廊下に並べては、エレベーターと階段を使って、トラック2台に積み分けていた。
 「私、死にます。もう、いいんです」
 前田の娘は執行官の退去命令に従おうとせず、古いステレオセットに覆い被って泣きながらぽつんと言った。
 「なんだか、疲れました」
 前田の娘はそう言うと、ふらっと立ち上がり、自室から出ながら執行官の前を通り過ぎると、突然、キッチンに立っていた吉田を突き飛ばしてベランダへの引き戸を開け、そこから飛び降りようとした。
 「や、やめてください!」
 吉田は、前田の娘の手を掴むと、強引に部屋に引き戻した。
 「はじめ、なんてことするの!!」
 その光景を見た前田が、部屋に飛び込んできて、娘の手を握りながら泣き崩れた。
 「お母さんが悪いのよ。お母さんが・・・」
 声とも悲鳴ともつかぬ声で叫んだ。
 「お願いです、もう、止めてください」
 なんと、吉田が、泣きながら執行官の前で土下座して言った。
 「僕が助かって、この子が死ぬなんて、耐えられません。もう、止めて下さい、もう、見ていられません」
 吉田は、土下座した姿勢から頭を畳に擦りつけるようにして、声を出してわあわあと泣き出してしまった。
 「おいおい、しょうがねえ奴だな」
 執行官は、ぶっきらぼうに言った。
 「あんたね、債権者なんだから、あんたがそんなこと言うと、強制執行できなくなるよ」
 「気持ちはわからないでもないけどさ、賃料滞納しているの前田さんだよ」
 高橋も吉田に言った。
 「ここで不調になっても費用は一緒だしさ、続けたほうがあんたの為だよ」
 「吉田さん、情けは禁物って言ったじゃない」
 廣瀬も、付け加えるように言った。
 「吉田さんだってこのままじゃ大変じゃない」
 「お願いです、止めて下さい」
 吉田の意思は、結局、変わることはなかった。
 「やめやめ、不調だ不調」
 執行官は、高橋や秀栄の作業員に聞こえるように大きな声で言った。
 「債権者が止めろって言うんだから、しょうがないな」
 そういうと、吉田に書類を差し出し、サインをさせるとさっさと帰ってしまった。
 「おうい、荷物を戻せ」
 高橋が号令をかけると、全員が納得できない顔で、渋々、荷物を戻し出した。
 「ありがとうございます!本当にありがとうございます!!」
 何度も何度も前田は、吉田に礼を言い、吉田は前田母子に、頑張ってください、などというような言葉をかけて泣きながら励ましていた。


 結局、前田母子は、この日から1週間ほどで本物件から自ら退去した。
 吉田は、秀栄に強制執行の費用全額を支払い、その代わりに秀栄は前田母子の引越先に荷物を届けてあげることにした。また、吉田はというと、吉田の父が地元の信用金庫から資金を調達して高利な借入金の借り換えを行い、本物件を法人に賃貸し、倉橋の会社で管理を行っている。
 倉橋は、よく講演でこの事件を例に話すことがあるが、大変、印象深い事件であった。
 ただ、振り返ってみると、果たして強制執行まで行っていなかったら、このような解決が図れただろうかと考えるのである。 
 通常、明渡訴訟を行い、強制執行までの間にはかなりの時間が掛かることから、大抵の事件は交渉により決着がつくものである。 しかし中には、本件のように強制執行当日まで居座る債務者や、強制執行の延期を懇願して泣き喚いたりする人もいたりする。勿論、相応な理由があったりすれば、多少相談に乗る必要もあるが、ただ時間だけを徒過する債務者においては、結局、強制執行に至らなければ解決を見ることはない。
 かような法的手続きを進める場合、手続きはスケジュール通り遅らせることなく進め、何度も立ち退き交渉を行い、結果、話がつかないような場合は、強制執行に踏み切ること。これが問題解決のキーワードである。

 

 

(完)

 

 

 次回からは実例を中心にケーススタディとして倉橋先生が綴られた、「不動産コンサル始末記」を連載いたします。資産防衛策のお手本的要素が凝縮されたストーリー展開で読み応えも十分です。ご期待ください。

2005.09/20

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倉橋隆行 (くらはしたかゆき)
1958年9月25日生
96年に(社)全国賃貸住宅経営協会横浜南部支部支部長に就任し、翌年、同協会の神奈川連合会の創設に伴い副会長に就任。98年、不動産業界に関するシンクタンクである不動産体系研究所創設に伴い、取締役所長に就任。99年、総合的な月貸し賃貸の運用会社である(株)月極倶楽部を創立、代表取締役に就任。同時に(株)三春情報センターを退職。そして、資産運用管理会社である(株)CFネッツを創立し、代表取締役に就任。2001年、2002年JREM国際CPM協会副会長就任。2003年4月、IREM(全米不動産管理協会)より、CPM(公認不動産管理士サーティファイド・プロパティマネージャー)の称号を日本で初めての公式試験受験による取得者となる。現在、グループ企業4社の代表取締役と取締役、その他公益法人の役職をこなし、超多忙な仕事をこなしている。
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