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特集記事

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街が動くと人が動く
企業は地域に活力を

川口雄一郎(かわぐちゆういちろう)
株式会社 明和不動産 代表取締役

独自の経営哲学に則り、地域の活性化を常に念頭においた事業展開で業界を牽引する男がいる。
川口雄一郎。火の国・熊本が生んだ起業家の一人である。
父と兄への反発から独立を志した彼が一旦は掴んだ栄光、そして挫折。
人生の転換期を迎え、出会った人々との巡り合わせが今日の自分を育んだと目を細める。
経営者として、人として、彼の言葉には歩んできた人生そのものの重みがある。
リプロス編集長・松尾充泰が独占インタビュー。


■川口雄一郎(かわぐちゆういちろう)
株式会社 明和不動産 代表取締役

昭和27年生まれ。熊本県出身。
大学を卒業後の昭和48年、実家が経営する株式会社文明建設に就職。
8年間勤務後、昭和56年、明和不動産を創業。
昭和61年4月1日より法人化し、株式会社明和不動産の代表取締役に就任、現在に至る。
その間、業界団体の要職を歴任。好きな言葉はバランス感覚。
社団法人 全国賃貸住宅経営協会 理事
財団法人 日本賃貸住宅管理協会 理事
全国賃貸管理ビジネス協会 理事
日本住宅設備保証共済会 理事長
アパマンショップネットワーク 相談役兼九州地区代表世話人
日本管理センター株式会社 会長



100か0か。多感な少年時代を経て
反骨精神が独立へのきっかけに

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●松尾 熊本生まれの熊本育ち。火の国-熊本にこだわりをもった経営展開をしておられる川口社長ですが、もともと不動産業界に興味を持たれたのはどういう経緯からだったのでしょう。
●川口 実家が文明建設という建築会社を営んでおりましてね。大学を卒業後はそちらに就職し、約8年、現場監督などを経験したのですが、たまたまアパートを建てたことで、賃貸住宅に興味を持つようになりました。あと、これもたまたまなのですが、実家が下宿を経営していたこともあって、幼い頃からアパート経営には馴染みがありましたからね。それも、この業界に足を踏み入れる要因の一つとなったのかも知れません。

●松尾 アパートを建てられることになり、それを集客するために不動産業務にも関わられるようになられた・・・ということでしょうか。
●川口 そうですね。それまではずっと建築畑で生きておりましたし、不動産の取引自体はまったく経験のない世界でしたから、勉強をしなければ・・・という気持ちは当然持っておりました。

●松尾 そうしますと、独立された経緯も、流れの中で成るべくして成られた・・・ということで?
●川口 いえいえ、興味を持ったとはいえ、独立に踏み切ったのは別の理由からです。といいますのも、私には兄がいるのですが、家督相続の問題で若干もめましてね。発端は父が高齢という理由からだったのですが、私自身には何の相談もなく・・・。次男という立場ですから、ある意味仕方のないことなのですが、何の相談もなく勝手に決まったということが、若い私には納得がいかなかった。で、ならば自分でやってみよう、との思いから独立を決意いたしました。ですから、独立のきっかけは?と問われると、父と兄への反骨精神が最大の理由です(笑)。

●松尾 なるほど。気骨のある若者でいらっしゃったのですね。
●川口 単に負けず嫌いなだけですよ(笑)。

●松尾 そうしたご気質は幼少の頃からお持ちだったのですか?
●川口 そうですね。子供の頃は、いわゆるガキ大将の典型でした。もともと体躯は恵まれた方だったので元気いっぱいだったのですが、いたずらも元気いっぱいで(苦笑)、恥ずかしながら罰としてお寺の木に縛り付けられる・・・なんて事もしょっちゅう。それを見た父に「これ以上悪さをしないように・・・」との理由から、有り余っている体力を浪費させようと、近所の山登りを命じられたのですが、これが結果的には一層体力を付けさせることになりました(笑)。

●松尾 現在の川口社長からは想像できない(笑)。確かに体格はご立派なんですが、表情は実に温和なイメージでいらっしゃいますし。

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●川口 子供と言ってしまえばそれまでですが、とにかく「わんぱく」を絵に書いたような子供でした。とにかく考え方が「100か0かという性分なもんですから、飽きるのも早いのですが、一旦やり始めるととことん突っ走ってしまうんですよ。実家が経営する下宿に住んでいた学生さんからは空手を教えてもらったり、山登りに関しても、結局小学2年から8年間も打ち込んでしまったほどで(笑)。

●松尾 なるほど。「100か0か」とは良いお言葉ですね。何事にも全力で取り組まれるというご気性は、少年時代からすでにお持ちであったということがよく分かりました。独立以降のお話は順にお伺いしていくといたしまして、川口社長の20代、30代というのはどのような年月だったのでしょうか?

●川口 20代は親の敷いたレールに乗っかって安定した生活を送っておりました。いつかは独立したい・・・という気持ちはぼんやりとはもっていたものの、実際には何をしたらいいのか分からない。ですから、とにかく与えられた仕事をこなすという日々でしたね。親元ですから食べるものにも苦労せず、まさに親の心子知らずで、遊びの方も半端じゃなかったです。28歳の時に独立したわけですが、先程申し上げたような経緯があったものですから、当初は勘と度胸で新しい自分の道を切り拓くことに邁進。自分で言うのも何ですが、30代の10年間は相当がんばりましたよ。折りしもバブル経済に乗る形となり、経営も独立当初の想定を遥かに上回る好成績を上げることに成功。投資用収益物件の販売を積極的に行ったのが結果的には大成功に繋がりました。
 
栄光と挫折
人生の転機を経験し、在るべき方向を見出す 

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●松尾 すると出発はまさに順風満帆というスタートだったのですね。
●川口 そうですね。確かにスタート自体は良かったです。賃貸業をスタートさせたのも、ちょうど時代が下宿→間貸し→ワンルームマンションへと移行する最中でしたからタイミングは申し分なく、ある意味、水を得た魚のように極めてスムーズに入り込むことが出来ました。私の強みは現場に詳しく、また、学生の考え方を熟知していた点。というのも、実家が熊本一大きな下宿を経営していたものですから、学生の行動パターンや気質は若い頃から手に取るように理解していました。これは非常に大きな強みでしたね。

●松尾 管理業に着手されたのはいつ頃からでしょう?
●川口 管理の方も創業時からスタートしました。といいますのも、私が不動産業界に参入した当初からの大きな疑問が、不動産業=仲介業という当時の流れ。私自身は、仲介をしたらその物件の管理をするのは当たり前だとごく自然に思っていましたし、当たり前の事を普通にスタートさせるという感覚でした。もちろん周りからは「他人の家賃を保証するなんてバカか」とか、いろんな事を言われましたが(笑)、ビジネスとして考えた場合、自分のお客様は家主様なわけですし、お客様である家主様にもっとも喜ばれる方法を考えようと。そして、とにかく疑問に思ったことをそのままにしておくのが嫌なものですから、独立当初からパソコンも導入し、いろんなセミナーにも参加して積極的に勉強をいたしました。で、勉強してみると、当然いろんなことが見えてきますし、どんどん面白くなってくる。そうした事の繰り返しで少しずつ事業を拡大していきました。

●松尾 常に「?」を持つということは、ビジネスの分野においては必要なことですよね。
●川口 そうですね。もっとも私の場合は少しこだわり過ぎる気も否めませんが(笑)。とにかく、私の場合はこの仕事がやりたくてスタートしたわけではありませんからね。先程も申し上げたように、家を飛び出す形で始めたわけですから、資金もなく、学歴もない自分が、一番入りやすかったのが不動産業界。建築業で培った経験とがむしゃらな気持ちだけが唯一の武器だったのです。

●松尾 その後の経緯についても聞かせてください。
●川口 事業も軌道に乗り、経営も安定してきたかに思えたのですが、実はその後は紆余曲折の連続でした。私自身は40代の前半に人生の転機を迎えたんだと思います。本当にいろんなことがあった。41歳から46歳までの5年間は、まさに地獄でした。

●松尾 と、おっしゃいますと?
●川口 自分自身の経営の甘さ、また、遊びなどが原因で、多額の借金を抱えることになりましてね。バブルという時代背景もあり、やること成すことが全て当たるという30代だったわけですが、バブル経済の崩壊と共に、絶頂期が崖っぷちであったということをまざまざと見せつけられました。と同時に、周りの何人かの友人が事業に失敗するなどの理由から自殺したり・・・。とにかく、これでもかというくらいの不幸続きで、私自身も、何度も自殺を考えました。今から考えると、完全に自分を見失っていた5年間だったと思います。それでも、捨てる神あれば拾う神ありで、自暴自棄になり、自分を見失っていた時に偶然の形で出会ったのが、三好勉会長(株式会社三好不動産 現相談役/本社:福岡市)であり、その三好会長から紹介していただいたのが、故 濱村和明社長(株式会社不動産中央情報センター 創業者/本社:北九州市)でした。

●松尾 三好会長は賃貸業界のパイオニアとして、また、濱村社長は業界全体の教育・活性化を推奨してこられた経営者として誰もが知る存在ですが、お二方とも九州のご出身。考えてみれば、九州という地はある意味で賃貸業界の開拓地とも言えますよね。
●川口 ええ。私ごときが申し上げるのもおこがましい話ですが、お二方とも本当に素晴らしい経営者でいらっしゃいますし、それまでの自分の人生においてはまったく出会ったことのなかった人種とでも申しましょうか、親の言うことさえまともに聞かなかった私ですが、三好さんや濱村さんの言葉には何か不思議なくらい素直に耳を傾け、受け入れることが出来たんです。人生経験、経営者としての心得をはじめ、諸先輩方の生き様を見聞するうち、自分自身が今のままではだめだ!変わりたい!と心底思えるようになりました。それまでの自分というものを全てリセットし、人との付き合い方、考え方というものを全て変え、再スタートしようと。あの5年間は、確かに人生最悪の5年だったかも知れませんが、その意味においては、自分自身を再生させる本当に良い時期だったのかも知れません。

●松尾 私は三好さんとも、濱村さんとも、お会いしたことがないのですが、そうしたお二方の意思を継承され、業界発展のためにご尽力されている川口社長の存在は、私を含め、若手の賃貸不動産に従事する者にとっては今や同じように大きな目標だと思います。
●川口 いえいえ、私などはまだまだです。ですが、これまで出会った方々、お世話になった皆さんの恩義に報いるためにも、感謝の心と共に、自分に出来ることを精一杯やっていこうという気持ちは常に念頭に置き、微力ながら業界発展のため、努めていきたいと思っております。
 
当たり前のことを当たり前に
目指すは不動産のコンビニ
 

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●松尾 経営上のモットーについてもお聞かせください。
●川口 お客様を大事にする・・・という言葉をよく聞きますが、私は、不動産業界においてもっとも大切なことは説明責任をしっかり果たすということだと思っています。例えば、買い手に対し、「この物件は利回りがいいですよ」とか、「将来、土地の価値が上がりますよ」とか、そういう売り方は絶対にしない。だって分からないじゃないですか、先のことは。ですから、リスクがあるということもきちんと説明し、しっかりと理解していただいた上で買っていただく。このことは、当社のスタッフにも徹底して言っていることですが、全ての仕事は契約に始まって契約に終わるわけですから、この説明責任を果たせない人間はまったくもって論外です。当たり前のことをしっかりとする、このひと言に尽きますね。

●松尾 熊本という地域の将来性についてはいかがお考えですか? 
●川口 まず新幹線の開通により、熊本が今後活性化していくことは間違いありません。九州の中心は福岡。このことに変わりはありませんが、著しく人口が増えている所と極端に減っている所の差が激しい。そういう意味では、企業も勝つ所と負ける所の差が出てくると思っています。そして勝ち残っていくためには、九州という風土に合致した業態を作っていかなければならない。つまり、私を含めた起業家が、地域に根ざした投資をいかに着実に行っていけるか・・・このことが非常に重要なカギを握るのではないでしょうか。過疎化が進む町に対し、元気にしていく姿勢を持たなければ、地域社会での企業としての存続は有り得ません。人が動かなければ街は動かない。そして街が活性化しないと人は動かないのです。ですから私は、不動産ビジネスに携わる一起業家として、そういう視点に立ったプロジェクトを九州全域で手掛けていきたいと考えています。

●松尾 まさに地域に根ざした企業活動を展開しておいでなのですね。将来の展望などについてもお聞きしたいのですが、後学のため、社員教育において心掛けておられることがありましたらお教えいただけないでしょうか。

●川口 従業員に関しては、一つは「自立」がキーワードですね。ですから当社では、常に部門別会計を推奨しておりますし、「社長になりたい者は手を挙げろ」ということは常々聞くようにしております。また、社員に対し、よく言う言葉の一つに「不動産のコンビニであれ」というものがありましてね。

●松尾 ほう、不動産のコンビニですか?
●川口 はい。つまりは、何でも出来る会社を目指そうということですね。不動産業と一口に言っても、扱うものは様々です。資産活用、事業承継、相続コンサル・・・いろんなものが絡んでくるわけですが、部門別会計も出来ない者が果たしてオーナー様の資産管理など出来るでしょうか? 答えはNoです。そのため、当社では全ての従業員に事業計画を立てさせ、事業計画の集約が部門別会計であり、部門の合計が会社の利益であるということを理解させるようにしています。私は無理な目標を立てさせ、残業してでもやり遂げろ!などということは決して言いません。普通のことを普通にやりなさいと。では普通とは何か。これを理解するのが実は一番難しいのです。つまり、間違ったことを普通だと認識してしまわないよう、方向を指し示していくことが経営者としての責務であると思っています。そして企業としては、地域での地盤を固めた上で、地域から抜き出た展開を図っていく必要があるでしょうね。

●松尾 すると今後の方向性としては、全国展開ということに?
●川口 そうですね。当然、福岡、東京・・・という形でのビジョンは持っています。ですが、私は人の真似はしません。私に出来ることを私なりにやっていきたいと思っています。これまで地域で行ってきた当社のノウハウを全国レベルで推し進めていく。そのためのキーワードがリーシング・管理のネットワークと入居者の会員化、家主の組織化です。そして、これらのキーワードがもっとも色濃く重なる部分こそが、これからのビジネスチャンスの核になるものと思っています。

●松尾 今後の展開に大いに着目させていただきたいと思います。本日は貴重なお話をありがとうございました。

 

 

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