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弁護士・亀井英樹先生の法律ノウハウ

消費者契約法と賃貸借について

消費者契約法に関する判例
 最近、賃貸借契約に関しても、消費者契約法を巡って多数の判例が出されるようになりました。
 たとえば、修繕義務特約及び賃貸借契約の更新契約に関する消費者契約法の適用に関する判例としては、
 1京都地裁平成16年3月16日判決
 2大坂高裁平成16年12月17日判決 等
 敷き引き特約に関する消費者契約法の適用に関する判例としては、前回も説明しましたとおり、
 1京都簡裁平成15年10月16日判決
 2大阪地裁平成17年4月20日判決
 3神戸地裁平成17年7月14日判決等
 の判例が出されています。
 これらの判例は、いずれも従来の賃貸借契約に関する法理では説明のつかない消費者契約法独自の視点、根拠から判断されております。したがって、今後の賃貸借契約の実務においては、従来までの賃貸借契約の法理・判例についての検討・反映だけでなく、消費者契約法の視点・法理をも視野に入れて実務上の運営を行うことが迫られていると思います。そこで、今回は、賃貸借契約と密接に関連する消費者契約の条項について説明したいと思います。

消費者契約法の目的
 消費者契約を理解するに は、まず、消費者契約が制定されたその目的を理解する必要があります。消費者契約法の目的は、消費者と事業者との間に存在する、契約の締結、取引に関する 構造的な情報の質及び量並びに交渉力の格差に着目し、消費者に自己責任を求めることが適切でない場合の内、契約締結課程及び契約条項に関して、消費者が契 約の全部または一部の効力を否定することができるようにするために制定された法律です(消費者契約法1条)。
 すなわち、まず、契約締結課程におい ては、事業者は、扱っている商品・権利・役務に関する内容や取引条件についての情報を、消費者より多くもっており、事業者と消費者とでは保有する情報量に おいて格段の差があること、また、契約締結交渉の場面でも、事業者は当該事業者に関し、消費者よりも交渉のノウハウを多く保有しており、交渉力においても 格段の差があります。このような契約締結課程における情報量・交渉力についての事業者と消費者の格差を是正する必要があるために消費者契約法が制定されま した。
 次に、どのような内容の契約を締結するかという契約条項の内容について、事業者は、当該事業に関する法律、商慣習について、一般的に消費者 よりも詳しい情報を持っており、契約条項の内容の情報の質及び量についても事業者と消費者とでは格段の格差があります。また、当該契約条項についても、事 業者は自ら作成したものであることが通常であるため、一つ一つの条項の意味についての知識を持っており、契約条項の意味、解釈についても、事業者と消費者 とでは格段の差があります。その上、事業者は、同種の取引を大量に処理するため、事業によって予め設定された契約条項を消費者が変更してもらうことは現実 的にあり得ないことから、事業者と消費者は契約条項の内容の決定についても交渉力に格段の差があります。このような契約条項についての情報量・交渉力に関 する事業と消費者の格差を是正する必要があることも、消費者契約法が制定された理由です。

定義
そこで、どのような場合に消費者契約法が適用されるかについては、その定義を確認しておく必要があります。
 まず 「消費者」とは、個人をいい、事業としてでもなく、事業のためでもなく、契約当事者の主体となる者をいいます。
 次に、「事業」とは、一定の目的をもってなされる同種の行為の反復継続的遂行をいい、営利目的をなされるかどうかを問わないし、公益・非公益を問いませ ん。但し、労働契約は自己の危険と計算によらず他人の指揮命令に服するものであるから、自己の危険と計算とにおいて独立的に行われる「事業」には含まれま せん。
 さらに、「事業として」とは、同種の行為を一定期間反復継続して行うことを予定して行うことをいい、その意図があれば、最初の行為も「事業として」行われたものと解されます。
 第4に「事業のために」とは、事業の用に供するために行うことを言います。
 第5に「個人」とは、事業を行っていない個人をいい、その場合は「消費者」として取り扱われることになります。「個人」が事業のために行っているかどう かの判断は、1契約締結の段階で、該当事項が目的を達成するためになされたものであることの客観的・外形的基準があるかどうか、21の判断が困難な場合に は、物理的、実施的(時間等)基準に従って、例えば、その目的が、使用時間の内2分の1以上の時間を事業のためにしているかどうか等により、主として事業 目的の達成のためになされたものであるかどうかにより判断されます。
 第6に「事業者」とは、法人その他の団体及び事業としてまたは事業のために契約の当事者となる場合における個人をいいます。
 第7に「消費者契約」とは、消費者と事業者との間で締結される契約をいいます。例えば、賃貸借契約、個人との保証契約、介護サービス契約が消費者契約にあたります。
 以上から、通常管理業者が入って管理されている賃貸借契約については、賃貸人が、個人のオーナーであったとしても賃借人が個人であり、契約の目的が居住の目的である限り、当該賃貸借契約については消費者契約法の適用を免れないこととなります。

消費者の利益を一方的に害する条項の無効
 以上のように、居住用の賃貸借契約においては、賃借人が個人である限り消費者契約法の適用を免れることはできないことは理解できたかと思いますが、その場 合に、消費者契約法の適用により賃貸実務において最も影響を与える条項としては、上記の判例においても適用された条項である消費者契約法10条の消費者の 利益を一方的に害する条項を無効とする条項があります。そこで、この10条の問題に絞ってその内容を説明したいと思います。
 消費者契約法10 条は、民法等の条項(任意規定)と比較して消費者の権利を制限し又は義務を加重する契約条項で、信義誠実の原則に反して一方的に消費者の利益を害する条項 を無効とするものであり、強行規定です。このため、賃貸借契約における各種の特約等の条項もこの消費者契約法10条に反する場合には無効とされ、当該条項 に基づく権利義務を主張できなくなります。
まず、この10条に定める「公の秩序に関しない規定」とは任意規定のことを指します。
 次 に、「消費者の権利を制限し、または消費者の義務を加重する」とは、消費者が事業者との間の特約がなければ、本来任意規定によって消費者が権利を行使でき るにもかかわらず、不当な特約によってその権利を制限すること、または消費者と事業者との間の特約がなければ、本来任意規定よって消費者には本来加重され ることのない義務であるにもかかわらず、不当な特約によってその義務を加重することをいいます。
 第3に「民法1条2項に規定する基本原則に反 して」とは、民法の基本原則である信義誠実の原則すなわち、権利の行使及び義務の履行にあたっては、相手方の信頼を裏切らないように誠意をもって行動する ことが要請されるとする原則に反してはならないと言うことです。信義誠実の原則(信義則)に反するかどうかは、1当該事案における一切の個別次条を考慮し た上で、2契約内容が一方当事者に不当に不利であるかどうか、により判断されます。
「消費者の利益を一方的に害する」とは、本来互酬的、双務的であるはずの権利義務関係が、不当な特約によって、両当事者の衡平を損なう形で消費者の保護法益が侵害されている状況をいいます。
賃貸借契約書の特約条項がこの消費者契約法10条により無効とされた場合、信義則に反して任意規定から乖離する条項は、当該任意規定に違反する限りにおいて無効となります。

原状回復特約と消費者契約法10条との関係

 原状回復特約に関しては、実務上は、これまで判例の蓄積の結果である原状回復ガイドラインにおいて認められている3つの要件を満たせば、賃貸借契約の本質に反せず有効であると判断されてきました。
しかし、原状回復特約に関しては今後は消費者契約法10条の適用も当然考えなければなりませんので、単純に原状回復ガイドラインの要件を満たしただけでは住まない状況になってきております。
そして、原状回復特約が消費者契約法10条との関係でも有効とする方法については、未だ判例等が明確な基準を示していないため、直ちに確定的な基準を示すことはできませんが、前記の消費者契約法の目的及び大阪高裁の下記の判旨が参考になると思います。

大坂高裁平成16年12月17日判決

 〈判旨〉
1.本件原状回復特約は、その特約により自然損耗等についての原状回復費用を賃借人に負担させることは二重の負担の問題が生じるから、原則として賃借人の犠牲の下に賃貸人を不当に利する不合理な条項であるといえる。

2.本件賃貸借契約は、平成10年7月1日成立し、その後、平成13年7月7日合意更新されているが、本合意更新により従前の賃貸借契約と同一条件の新たな賃貸借契約が成立したと言えるから、更新後の賃貸借契約には消費者契約法の適用がある。

3.本件原状回復特約は、下記の理由から民法の任意規定の適用による場合に比し、賃借人の義務を加重し、信義則に反して賃借人の利益を一方的に害しており、消費者契約法10条に該当し、無効である。

 i.本件原状回復特約により自然損耗等についての原状回復費用を賃借人に負担させることは、賃借人の二重の負担の問題を生じ、賃貸人に不当な利得を生じさせる一方、賃借人に不利益であり、信義則にも反する。

 ii .本件原状回復特約は、賃貸人が一方的に必要があると認めて賃借人に通知した場合には当然に原状回復義務が発生する態様となっており、賃借人に関与の余地が無く、賃借人に一方的に不利益であり信義則にも反する。

 iii.居住目的の建物賃貸借契約において、消費者賃借人と事業者賃貸人との間では情報力や交渉力に差があるのが通常であり、本件においても、原状回復の内容 をどのように想定し、費用をどのように見積もったのか、とりわけ、自然損耗等について、賃借人に適切な情報が提供されたとはいえず、本件原状回復特約によ る自然損耗等についての原状回復義務を負担することと賃料に原状回復費用を含ませないこととの有利、不利を判断し得る情報を可否、適否を判断できず、この ような状況下でされた、本件原状回復特約による自然損耗等についての原状回復義務負担の合意は、賃借人に必要な情報が与えられず、自己に不利益であること が、認識できないままされたものであって、賃借人に一方的に不利益であり信義則に反する。

本判例から、消費者契約法の目的にしたがって、次のような二つの視点からの対策が考えられると思います。

(1) 契約締結課程における格差の是正
 消費者契約法は、契約締結段階における事業者と消費者との間の情報の質・量並びに交渉力の格差の是正を目的としております。このため、原状回復特約を締 結する上でもまず、契約締結段階における原状回復特約を含めた賃貸借契約の内容に関する正しい情報の提供、並びに、原状回復特約を定めるかどうかについて 交渉の余地を残すような賃貸借契約の方式の採用などを工夫することにより、契約締結課程における情報の質・量並び交渉力の格差を解消することができるので はないかとと考えられます。  
このように、消費者に契約締結課程において十分な情報が提供され、交渉力が確保されているような場合には、「消費者に一方的に不利益」という評価を避けることができるのではないかと思います。

(2) 契約内容における格差の是正

  契約条項の中でも原状回復特約は、賃貸借契約の本質に反し、通常使用による損耗や自然損耗による修繕部分まで賃借人に負担させる内容となっているため、判 例上も厳しい条件の下でしか認められておりません。したがって、原状回復特約を定めるにあたっては、消費者に通常の原状回復に関する一般的な原則よりも消 費者に不利益な内容であることを十分に理解させる必要があり、そのような性格且つ十分な情報の提供がない限り、消費者契約法10条をクリアすることはでき ないと考えられます。その意味で、東京ルールにおいて定められた原状回復等の修繕に関する説明義務の内容は消費者契約法をクリアするためにも大きなヒント になるのではないかと思います。
 また、判旨にもあるとおり、原状回復特約については、一方的に賃貸人側が契約条項を定めて賃借人に負担を迫る場合 には交渉力における格差が生じることとなります。このため、原状回復特約の存する賃貸借契約を締結するのか、原状回復特約の存しない賃貸借契約を締結する のかということを、賃借人に選択する自由を与えたり、原状回復特約の有無によって賃料等の他の契約条件に変更が生じるようにするなど、賃借人に原状回復特 約の負担について選択の余地を認める契約方式を採用することが、交渉力の格差を解消する方法として考えられることとなります。
 以上のように、消 費者契約法について正確な理解をし、その目的に添った事業者と消費者との格差の解消する手段、契約内容を採用すれば、今後は賃借人からの消費者契約法に基 づく無効主張に対応することも可能であると考えられますので、是非ともこの機会に消費者契約法についての正しい理解をして頂きたいと思います。

 

更新契約と消費者契約法
 上記大阪高裁の判例においては、もう一つ注意すべき点として、消費者契約法の施行された平成13年4月1日以降に締結された更新契約についても消費者契約 法の適用があると判断され、最高裁においてもこれを追認したため、今後は、更新契約についても消費者契約法の適用があることを前提として実務の取扱をする 必要があることとなりましたので、その点についても注意をする必要があります。
更新契約にも消費者契約法の適用があることにより、合意更新については、平成13年4月1日以降であれば、常に消費者契約法が適用されることとなり、原状回復特約等の消費者に不利益な条項については、前記のような対策を更新契約においてとる必要が出てきました。
但し、契約の締結のない法定更新の場合には、今のところ消費者契約法の適用はないのではないかと考えられます。
 以 上のように、消費者契約法は、現在においては、更新契約を含めて、賃借人が個人であるような居住用の賃貸借契約にはほとんど適用されると見て良いと考えら れますので、今後はますます消費者契約法に関するトラブルの増加が予想されます。その意味で、消費者契約法に対する急具体的な対策を大至急検討する必要が あるのではないかと思いますし、その検討の際上記の対策における考え方をご参考にして頂ければと思います。

2005.09/13

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亀井英樹(かめいひでき)
東京弁護士会所属(弁護士)
昭和60年中央大学法学部卒業。平成4年司法試験合格。
平成7年4月東京弁護士会弁護士登録、ことぶき法律事務所入所。
詳しいプロフィールはこちら ≫

【著 作 等】
「新民事訴訟法」(新日本法規出版)共著
「クレームトラブル対処法」((公財)日本賃貸住宅管理協会)監修
「管理実務相談事例集」((公財)日本賃貸住宅管理協会)監修
「賃貸住宅の紛争予防ガイダンス」((公財)日本賃貸住宅管理協会)監修