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弁護士・亀井英樹先生の法律ノウハウ

最高裁平成23年3月24日敷引判決について

出典:裁判所ホームページ
http//www.courts.go.jp

【1】はじめに
最高裁判所が、平成23年3月24日に敷引特約に関する新たな判決を下しました。敷引特約に関しては、関西を中心に消費者契約法との関係で無効とする判決が多く出されており、その有効性の範囲、有効となる場合の基準等について最高裁判例が待たれておりました。今回の最高裁判決は、一連の敷引特約に関する紛争に終止符を打つものと考えられるため、非常に重要な判決であると考えられます。そこで、今回の最高裁判決の内容を紹介します。

【2】事案の概要

  1. (1)上告人は、平成18年8月21日、被上告人との間で、京都市西京区桂北滝川町所在のマンションの一室(専有面積約65.5?。以下「本件建物」という)を、賃借期間同日から平成20年8月20日まで、賃料1か月9万6000円の約定で賃借する旨の賃貸借契約(以下「本件契約」という)を締結し、本件建物の引渡しを受けた。本件契約は、消費者契約法10条にいう「消費者契約」に当たる。
  2. (2)本件契約に係る契約書(以下「本件契約書」という)には、次のような条項がある。
    1. 上告人は、本件契約締結と同時に、保証金として40万円を被上告人に支払う(3条1項。以下、この保証金を「本件保証金」という)。
    2. 本件保証金をもって、家賃の支払、損害賠償その他本件契約から生ずる上告人の債務を担保する(3条2項)。
    3. 上告人が本件建物を明け渡した場合には、被上告人は、以下のとおり、契約締結から明渡しまでの経過年数に応じた額を本件保証金から控除してこれを取得し、その残額を上告人に返還するが(以下、本件保証金のうち以下の額を控除してこれを被上告人が取得する旨の特約を「本件特約」といい、本件特約により被上告人が取得する金員を「本件敷引金」という)、上告人に未納家賃、損害金等の債務がある場合には、上記残額から同債務相当額を控除した残額を返還する(3条4項)。
      経過年数 1年未満 2年未満 3年未満 4年未満 5年未満 5年以上
      控除額 18万円 21万円 24万円 27万円 30万円 34万円
    4. 上告人は、本件建物を被上告人に明け渡す場合には、これを本件契約開始時の原状に回復しなければならないが、賃借人が社会通念上通常の使用をした場合に生ずる損耗や経年により自然に生ずる損耗(以下、併せて「通常損耗等」という)については、本件敷引金により賄い、上告人は原状回復を要しない(19条1項)。
    5. 上告人は、本件契約の更新時に、更新料として9万6000円を被上告人に支払う(2条2項)。
  3. (3)上告人は、平成18年8月21日、本件契約書3条1項に基づき、本件保証金40万円を被上告人に差し入れた。なお、上告人は、本件保証金のほかに一時金の支払をしていない。
  4. (4) 本件契約は平成20年4月30日に終了し、上告人は、同日、被上告人に対し、本件建物を明け渡した。
  5. (5)被上告人は、平成20年5月13日、本件契約書3条4項に基づき、本件保証金から本件敷引金21万円を控除し、その残額である19万円を上告人に返還した。
  6. (6)上告人は、本件特約に基づく敷引を無効であるとして、本訴訟を提起した。
  7. (7)原審は、本件特約が消費者契約法10条により無効であるということはできないとして、上告人の請求を棄却すべきものとした。

【3】判旨

  1. (1)本件特約の任意規定との関係
    まず、消費者契約法10条は、消費者契約の条項が、民法等の法律の公の秩序に関しない規定、すなわち任意規定の適用による場合に比し、消費者の権利を制限し、又は消費者の義務を加重するものであることを要件としている。
    本件特約は、敷金の性質を有する本件保証金のうち一定額を控除し、これを賃貸人が取得する旨のいわゆる敷引特約であるところ、居住用建物の賃貸借契約に付された敷引特約は、契約当事者間にその趣旨について別異に解すべき合意等のない限り、通常損耗等の補修費用を賃借人に負担させる趣旨を含むものというべきである。本件特約についても、本件契約書19条1項に照らせば、このような趣旨を含むことが明らかである。
    ところで、賃借物件の損耗の発生は、賃貸借という契約の本質上当然に予定されているものであるから、賃借人は、特約のない限り、通常損耗等についての原状回復義務を負わず、その補修費用を負担する義務も負わない。そうすると、賃借人に通常損耗等の補修費用を負担させる趣旨を含む本件特約は、任意規定の適用による場合に比し、消費者である賃借人の義務を加重するものというべきである。
  2. (2)本件特約の消費者契約法10条の該当性
    次に、消費者契約法10条は、消費者契約の条項が民法1条2項に規定する基本原則、すなわち信義則に反して消費者の利益を一方的に害するものであることを要件としている。
    賃貸借契約に敷引特約が付され、賃貸人が取得することになる金員(いわゆる敷引金)の額について契約書に明示されている場合には、賃借人は、賃料の額に加え、敷引金の額についても明確に認識した上で契約を締結するのであって、賃借人の負担については明確に合意されている。そして、通常損耗等の補修費用は、賃料にこれを含ませてその回収が図られているのが通常だとしても、これに充てるべき金員を敷引金として授受する旨の合意が成立している場合には、その反面において、上記補修費用が含まれないものとして賃料の額が合意されているとみるのが相当であって、敷引特約によって賃借人が上記補修費用を二重に負担するということはできない。また、上記補修費用に充てるために賃貸人が取得する金員を具体的な一定の額とすることは、通常損耗等の補修の要否やその費用の額をめぐる紛争を防止するといった観点から、あながち不合理なものとはいえず、敷引特約が信義則に反して賃借人の利益を一方的に害するものであると直ちにいうことはできない。
    もっとも、消費者契約である賃貸借契約においては、賃借人は、通常、自らが賃借する物件に生ずる通常損耗等の補修費用の額については十分な情報を有していない上、賃貸人との交渉によって敷引特約を排除することも困難であることからすると、敷引金の額が敷引特約の趣旨からみて高額に過ぎる場合には、賃貸人と賃借人との間に存する情報の質及び量並びに交渉力の格差を背景に、賃借人が一方的に不利益な負担を余儀なくされたものとみるべき場合が多いといえる。
    そうすると、

    消費者契約である居住用建物の賃貸借契約に付された敷引特約は、当該建物に生ずる通常損耗等の補修費用として通常想定される額、賃料の額、礼金等他の一時金の授受の有無及びその額等に照らし、敷引金の額が高額に過ぎると評価すべきものである場合には、当該賃料が近傍同種の建物の賃料相場に比して大幅に低額であるなど特段の事情のない限り、信義則に反して消費者である賃借人の利益を一方的に害するものであって、消費者契約法10条により無効となる

    と解するのが相当である。
  3. (3)本件への適用
    これを本件についてみると、本件特約は、契約締結から明渡しまでの経過年数に応じて18万円ないし34万円を本件保証金から控除するというものであって、

    本件敷引金の額が、契約の経過年数や本件建物の場所、専有面積等に照らし、本件建物に生ずる通常損耗等の補修費用として通常想定される額を大きく超えるものとまではいえない

    。また、本件契約における賃料は月額9万6000円であって、本件敷引金の額は、上記経過年数に応じて上記金額の2倍弱ないし3.5倍強にとどまっていることに加えて、上告人は、本件契約が更新される場合に1か月分の賃料相当額の更新料の支払義務を負うほかには、礼金等他の一時金を支払う義務を負っていない。
    そうすると、本件敷引金の額が高額に過ぎると評価することはできず、本件特約が消費者契約法10条により無効であるということはできない。
  4. (4)最高裁判決の読み方
    今回の最高裁判決は、敷引特約について、本件では有効と解しましたが、消費者契約法10条により無効となる場合として下記のとおりの判断基準を示しました。

    当該建物に生ずる通常損耗等の補修費用として通常想定される額、賃料の額、礼金等他の一時金の授受の有無及びその額等に照らし、敷引金の額が高額に過ぎると評価すべきものである場合には、当該賃料が近傍同種の建物の賃料相場に比して大幅に低額であるなど特段の事情のない限り、信義則に反して消費者である賃借人の利益を一方的に害するものであって、消費者契約法10条により無効となる

    その結果、今回の判決により、敷引特約に敷引かれる金額が、通常損耗の補修費用(善管注意義務違反による補修費用ではありません)として通常想定される額や、賃料の額、礼金等の一時金の有無及びその額等に照らして高額過ぎる場合には消費者契約法10条により無効となる場合が有ることが、今後紛争となった場合の判断基準になると想定されます。
    また、今回の事案が有効と判断されたことから、今後敷引特約について紛争が生じた場合にも、今回の事案と同様の事案、すなわち敷引額について1年未満の場合で賃料額の2倍弱の金額、5年以上の場合で賃料額の3.5倍強の金額であれば高額に過ぎると評価されることはなく、消費者契約法10条に反しないと判断される可能性があることが予想されます。
    したがって、既に敷引特約を採用している賃貸人の方や、これから敷引特約を採用しようと考えている賃貸人の方にとって、定めようとしている敷引特約が有効であるか否かを判断する上で、今回の最高裁判決は重要な指針になると思いますので、是非参考にしていただきたいと思います。
2011.05/10

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亀井英樹(かめいひでき)
東京弁護士会所属(弁護士)
昭和60年中央大学法学部卒業。平成4年司法試験合格。
平成7年4月東京弁護士会弁護士登録、ことぶき法律事務所入所。
詳しいプロフィールはこちら ≫

【著 作 等】
「新民事訴訟法」(新日本法規出版)共著
「クレームトラブル対処法」((公財)日本賃貸住宅管理協会)監修
「管理実務相談事例集」((公財)日本賃貸住宅管理協会)監修
「賃貸住宅の紛争予防ガイダンス」((公財)日本賃貸住宅管理協会)監修