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弁護士・亀井英樹先生の法律ノウハウ

建物の耐震不足と正当事由に関する判例について

出典:ウエストロー
http://www.westlawjapan.com/


第1 建物賃貸借契約の更新拒絶と正当事由
借地借家法上、建物賃貸借の更新拒絶を行うためには、正当事由が存在することが必要とされております(借地借家法28条)。
そして、正当事由の判断としては、従来から老朽化等による建て替えの必要は、貸し主側の正当事由として認められてきましたが、東日本大震災を契機として、耐震不足による建て替え等が正当事由として認められるのかについては、判例が少なく待たれているところでした。
そうしたところ、平成25年3月28日、東京地方裁判所立川支部において、独立行政法人都市再生機構が賃貸人となっている建物賃貸借において、建物の耐震性に問題があるための建て替えに伴い更新拒絶を行ったことが、正当事由として認められるとする判断が下されましたので、以下のとおり紹介致します。

第2 判旨の内容

  1. 保証債務の付従性(民法第448条関係)
    保証債務の付従性に関する民法第448条の規律を維持した上で、新たに次のような規律を付け加えるものとする。
    1. (1)原告の建物取り壊しの必要性
      1. ア.総論
        本件号棟は、耐震改修をしない限り耐震性に問題があるところ、かかる場合に、どのような方法で耐震改修を行うべきかは、基本的に建物の所有者である賃貸人(原告)が決定すべき事項であり、その結果、耐震改修が経済合理性に反するとの結論に至り、耐震改修を断念したとしても、その判断過程に著しい誤謬(ごびゅう)や裁量の逸脱がなく、賃借人に対する相応の代償措置が取られている限りは、賃貸人の判断が尊重されてしかるべきである。
      2. イ.耐震改修方法検討の前提について
        そこでまず、原告が、本件号棟の全居住者が居住を継続できるという前提で耐震改修方法を検討した点についてみると、本件号棟のような大規模の賃貸住宅を一括して管理・賃貸する原告が、一部の居住者にのみ転居等を求めることは、居住者全体の公平性を失することが明らかである上に、一部の居住者からのみ転居等の同意を得るには相当な困難を伴うであろうことが容易に推察できる。
        原告は、こうした観点から、本件号棟の全居住者が居住を継続できることを耐震改修方法の前提とするに至ったのであるが、かかる判断過程に不合理な点は見出せない。
      3. ウ.原告が本件号棟について耐震改修を断念した点について
        1. (a).原告が、上記前提に立って、本件号棟において想定し得る最も適合性のあるものとした本件耐震改修方法は、上記1(1)のとおりであるところ、原告が本件耐震改修方法が本件号棟において想定すべき改修方法と判断したことに、科学的な見地から誤謬などがあったと認めるに足りる事情は見当たらない。
          そして、本件耐震改修方法による工事費用等が約7億5000万円と見積もられたことは、上記認定のとおりであるところ、これが本件号棟の賃料収入の5年分に相当するというだけでも、原告にとって相当な経済的負担であることが明らかである上、これに加え、本件耐震改修方法によれば、本件号棟の250戸中172戸の南面窓の前に鉄骨ブレースが設けられるほか、1階店舗等各施設の前面にも鉄骨ブレースが設けられるというのであるから、本件号棟の約7割の住戸の居住性が悪化し、また、1階店舗等各施設の使用が困難になるため、その経済的価値が大幅に低下することは明白であって、かかる事情に照らせば、約7億5000万円という工事費用等が過大なものであることがより一層認められる。
          そうすると、原告が、本件号棟について除却の判断に至ったことは、社会経済的な観点に照らして相当なものと認められる。
        2. (b).被告らは、賃貸人には修繕義務があるから、本件号棟について耐震改修工事を行う義務があり、除却の決定はこの義務に違反するもので許されないかのように主張しているところ、民法の定める修繕義務は、賃貸借契約の締結時にもともと設備されているか、あるいは設備されているべきものとして契約の内容に取り込まれていた目的物の性状を基準として、その破損の為に使用収益に著しい支障の生じた場合に、賃貸人が賃貸借の目的物を使用収益に支障のない状態に回復すべき作為義務をいうのであって、契約締結時に予定されていた目的物以上のものに改善することを賃借人において要求できる権利まで含むものではない。  この点、本件号棟は、建設当時及び本件各契約の締結当時の耐震関係法規の定める耐震性を満たしていたものである以上、その後の耐震関係法規の改正があったからといって、本件各契約において予定されていた目的物の性状が失われたとみる余地はない。
          したがって、本件号棟について耐震改修を行うことは、賃貸人である原告の修繕義務の範囲外にあるというべきであるから、修繕義務の存在を前提とする被告らの主張は採用できない。
        3. (c).被告らは、原告が除却に関する経済合理性の検討を十分行っていないなどと主張するが、これらの主張は以下のとおり採用できず、除却の判断の経済合理性を否定する理由にはならない。
          すなわち、まず解体費用の点については、建物には一定の耐用年数がある以上、解体費用はいつかは生じ得るものであって、除却により解体費用が生じることを経済合理性の判断要素としてみることは相当でない。
          また、居住者に支払う移転費用等を考慮しても、約7億5000万円の本件耐震改修費用に比べればはるかに低額と見積もることができる。
          さらに、本件耐震改修をした場合に本件号棟の経済的価値が大幅に低下することは上記のとおりであるから、このように経済的価値が下落した本件号棟について、従前と同程度の経済的収益を得られるとは到底考え難いのであって、耐震改修を行っても十分な収益が得られるとする被告らの主張は、その前提からして採用できない。
        4. (d).制震構法による耐震改修(B意見書)について
          被告らは、制震構法による耐震改修工事が可能であるなどと主張し、これにより本件号棟を存続させるべきであり、被告らの立退き要求には正当事由がないと主張する。
          しかし、制震構法に関するB意見書は、A棟とB棟との隔離幅について、想定される両棟の最大変形の絶対値の和を確保していなくとも問題はないとするものであるが、かかる点は、反対趣旨をいう証人Cに照らして容易に信用し難い。また、B証人自身、必要な離隔幅を確保できない場合、第三者機関による耐震改修の審査が通らない可能性があることを認めており(証人B18頁)、審査が通らない可能性があるような耐震改修方法を原告が採り得ないことは明らかである。
          それらの点を措くとしても、B意見書が指摘する耐震改修方法は、32戸の用途廃止を前提としているというのであって、耐震改修後の本件号棟についての使用利益の制限により大幅な経済的価値の低下が避けられないことからすると、かかる経済合理性を欠く耐震改修を所有者である原告に強いることは相当でなく、原告がこのような制震構法を採用しなかったからといって、本件更新拒絶の正当性を失わせることにはならないというべきである。
          被告らの上記主張は、採用することができない。
      4. エ.居住者への代償措置等
        除却という判断は、居住者に対し必然的に本件号棟からの立退きを余儀なくするものであるから、相応の代償措置を講じることによって、更新拒絶による明渡請求についての正当理由が補完されるものといえる。
        この点、原告がとった代償措置は、居住者に対し、その希望、年齢、障がいの有無などを考慮した上で本件号棟に類似した物件を移転先としてあっせんするなどというもので、こうした措置によって居住者は確実に移転先を確保できる上に、転居先に応じ、移転費用の補填額、移転先の家賃減額ないし補助等を定めるものであって、本件号棟からの退去に伴う経済的負担等に十分配慮した手厚い内容と評価できる。
        また、原告は、こうした代償措置を含め、本件号棟を除却するとの判断に至った理由等について、記載のとおり、多数回にわたって居住者に対する説明会等を実施し、最初に本件号棟の除却及び代償措置についての説明会を実施した平成20年3月29日から移転期限まで約2年間の猶予を設け、さらに同日以降も個別の話合い等に対応してきたと認められるのであって、結果的に204戸中197戸との間で住み替え合意に至っている。被告らは、これら住み替え合意に至った居住者は、原告による正しい情報開示もないままに、誤った理解のもとで退去したと主張するけれども、かかる事実を認めるに足りる証拠はない。なお、証拠(乙46~48)によれば、本件号棟から退去した居住者のうち、退去することに不満を抱いていた者がいたことが一応うかがわれるが、これらの証拠から他の退去した居住者も同じ思いであったことを認定することは当然のことながらできないし、197戸の居住者が、それぞれ退去について多少なりの不満や抵抗があったとしても、結局原告との間で住み替え合意に至ったという事実は動かし難いのであって、被告らの上記主張を採用することはできない。
        また、被告らは、原告が上記代償措置を受けられることに期限を設けたことの不当性をいうが、一定の時期までに居住者全員の退去が必要な原告において、代償措置の期限を設定することは合理的な行動であるし、その期限についても上記のとおり2年間という猶予が設けられているのであって、居住者が冷静な判断を失するような過酷な状況を強いたとはいえない。
        その他、被告らは、説明会等における原告の説明が虚偽であったとか、原告が居住者を欺罔(ぎもう)して住み替え合意に至らせたなどとも主張するが、これらの事実を認めるに足りる証拠はなく、原告の行った情報開示(甲44)についても不当・違法な点は見当たらない。
        結局のところ、204戸中197戸との間で住み替え合意に至ったという事実は、原告の提示した代償措置が本件号棟の大多数の居住者にとって納得のいく内容であり、説明会等における原告の説明を理解した結果であることを裏付けるものというべきである。
      5. オ.まとめ
        以上によれば、原告が本件号棟を除却せざるを得ないとの判断について、その過程に誤り、非合理性はなく、居住者に対しても十分な代償措置が取られていると認められる以上、除却の判断は相当なものとして是認できる。
        被告らは、残存耐用年数の長い、規模の大きい建物を取り壊すことは社会的経済的に大きな損失であり、本件号棟を改修した上でこれを活用するのが地球環境に対する配慮であるとともに社会の趨勢であるから、これを取り壊すことは許されないなどと主張するが、その主張する内容は、一般論としては首肯できるものを含んでいるものの、住環境、街作り政策論の範ちゅうに含まれる被告らの意見であり、本件号棟についての耐震改修工事が既に認定のとおりの問題点を含んでいることを考慮すれば、この問題点からなる不利益を甘受して本件号棟を存続させなければならない負担、義務を原告に負わせる法的根拠は見出し得ないといわざるを得ない。原告の前身が日本住宅公団であることを考慮しても、この結論は変わるところがない。
    2. (2)被告らが本件号棟を使用する必要性
      被告らは、本件号棟に現実に居住していることから、被告らが本件号棟を使用する必要があることは肯定できるが、他方で、原告が、被告らに対し、上記代償措置を提示しており、これによって被告らの新たな住居が確保されるのみならず、転居に伴う経済的負担を補てんするにも十分な内容であることからすれば、上記除却の必要性に比して、被告らの使用の必要性は高いとはいえない。
      被告らが主張する使用の必要性は、立地条件の良さ、長年住み続けてきたことによる愛着など、主としていわば主観的な利益であって、こうした被告らの利益は、原告に経済合理性を欠く耐震改修を強いるべき理由には当たらない。
    3. (3)正当事由に関するまとめ
      以上検討したところによれば、耐震性に問題があり、経済合理性の観点から耐震改修工事が困難である本件号棟について、これ以上賃貸借契約を存続させることは相当でなく、本件更新拒絶には正当事由があるから、本件各契約は、いずれもその満了日の経過をもって期間満了により終了したというべきであり、原告は、被告らに対し、賃貸借契約の終了に基づき、本件号棟の各号室について、明渡しを求めることができる。

第3 本判決に関する評価

今回の判決は、建物の耐震性に問題がある場合に、建物を建て替えるために賃貸借契約の更新拒絶を行うことは、十分な代償措置がある場合には正当事由があるとの判断が示されました。この内容は従前の建物老朽化による建て替えの場合の正当事由の判断に追随しているものといえますが、単なる老朽化ではなく、耐震性に問題がある場合にも正当事由が認められることを明らかにした点では、参考になるのではないかと思います。
今回は、耐震に問題がある建物について、耐震補強工事のために更新拒絶が許されるかについてまでは判断されておりませんので、今後そのような事例についての判断が示された場合には報告させていただきます。

2013.09/17

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亀井英樹(かめいひでき)
東京弁護士会所属(弁護士)
昭和60年中央大学法学部卒業。平成4年司法試験合格。
平成7年4月東京弁護士会弁護士登録、ことぶき法律事務所入所。
詳しいプロフィールはこちら ≫

【著 作 等】
「新民事訴訟法」(新日本法規出版)共著
「クレームトラブル対処法」((公財)日本賃貸住宅管理協会)監修
「管理実務相談事例集」((公財)日本賃貸住宅管理協会)監修
「賃貸住宅の紛争予防ガイダンス」((公財)日本賃貸住宅管理協会)監修