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弁護士・亀井英樹先生の法律ノウハウ

マスターリース契約と正当事由に関する判例について

出典:ウエストロー
http://www.westlawjapan.com/


第1 建物賃貸借契約の更新拒絶と正当事由
サブリース業者が転貸を目的としてアパートを借り上げる契約(マスターリース契約といいます)については、借地借家法の適用があることは、最高裁第三小法廷平成15年10月21日判決(敷金請求本訴、賃料相当額確認請求反訴事件平12(受)573号 ・ 平12(受)574号)で明示されており、不動産賃貸業等を営む甲が、乙が建築した建物で転貸事業を行うため、乙との間であらかじめ賃料額、その改定等についての協議を調え、その結果に基づき、乙からその建物を一括して賃料自動増額特約等の約定の下に賃借することを内容とする契約(いわゆるサブリース契約(マスターリース契約))についても、借地釈放32条1項の規定が適用されると判示しています。
しかし、建物オーナーがサブリース業者とのマスターリース契約について、期間満了の際に更新拒絶ができるのか、その場合に正当事由としてどのような要素が必要となるのかについては、まだ判例は十分に固まっているとは言えない状況です。
そこで、平成24年 1月20日、東京地方裁判所がマスターリース契約の更新拒絶の有効性が争われた事例において、賃貸人の正当事由を否定する判断を示しましたので、ご紹介致します。

第2 判旨の内容

  1. 事案の概要
    本件は、別紙物件目録記載二の建物(以下「本件建物部分」という)をいわゆるサブリース業者である被告に賃貸借契約に基づき賃貸している原告が、被告に対し、契約期間満了によって同契約が終了したと主張して、本件建物部分の明渡し及び同契約終了の日の翌日である平成22年4月21日から明渡済みまで1か月278万5927円の割合による賃料相当損害金の支払を求めた事案である。
    これに対し、被告は、原告による賃貸借契約の更新拒絶には正当事由(借家法(平成3年法律第90号による廃止前のもの)1条の2)がない旨を主張して争っている。
    1. (1)当事者
      原告は、不動産の賃貸業等を目的とする株式会社である。
      被告は、建物の転貸条件付一括借上による賃貸業務等を目的とし、いわゆるサブリース業を営む株式会社である。(争いのない事実)
    2. (2)本件契約等
      1. 本件建物部分を含む建物(以下「本件建物」という)の所有者であったC及びD(以下、併せて「元所有者」という)は、ビルディング不動産株式会社(以下「ビルディング不動産」という)との間で、昭和63年7月25日、要旨次の約定の転貸条件付賃貸借契約書(甲二)により、元所有者がビルディング不動産に対して本件建物部分を賃貸する旨の契約(以下「本件契約」という)を締結し、また、平成元年4月20日、元所有者がビルディング不動産に対して本件建物部分の管理を委託する旨の契約「以下「本件管理委託契約」という)を締結した(甲一、争いのない事実)。
        1. [1]貸人の承認事項・1条
          本件契約に際し、賃貸人は次の事項をあらかじめ無条件で承認する。
          a 賃借人が本件建物部分を第三者に転貸すること
          b 賃借人が本件建物部分の管理を行うこと
        2. [2]契約期間・2条1項、2項
          本件契約の契約期間は、昭和63年7月25日から平成16年4月21日までとする。契約期間の満了に当たって、賃貸人及び賃借人に異議なき場合は、同一条件で更に3年間自動的に更新されるものとし、その後も同様とする。
          契約期間を終了させようとする場合は、賃貸人及び賃借人とも、契約期間満了6か月前までに、相手方に対し、文書で本件契約の終了の通知を行わなければならない。
        3. [3]中途解約・3条
          本件建物部分の引渡日までは、賃貸人及び賃借人とも、相手方に対し、賃料24か月分相当額を支払うことにより解約することができる。本件建物部分の引渡後に本件契約を解約する場合は、それにより相手方が逸失する利益相当額を賠償しなければならない。
        4. [4]賃料・5条1項、2項
          本件建物部分の賃料は、1か月393万6910円とし、毎月末日までに当月分を銀行振込にて賃貸人に支払うものとする。
          賃料の改定は、本件建物部分の引渡日の翌日から2年毎に行うものとし、改定前賃料より5パーセントの割合にて増額する。
        5. [5]賃貸人への転借人の資料の提供・6条2項
          賃借人は、転借人の会社経歴書等当該転借人の業況を示す資料を賃貸人に提供するものとする。
      2. ビルディング不動産は、平成11年1月1日付けで、被告に対し、本件契約上の賃借人の地位及び本件管理委託契約上の受託者の地位を譲渡した(争いのない事実)。
      3. 本件契約の契約期間は、前記ア[2]の期間満了後も更新され、本件契約の賃料は、数度にわたり減額された。
        元所有者と被告は、平成19年5月付けの覚書によって、本件契約の契約期間を平成22年4月20日までとし、本件契約の賃料を279万5927円とした(争いのない事実)。
      4. 元所有者は、平成20年9月30日、原告に対し、本件建物を売却し、本件契約上の賃貸人の地位及び本件管理委託契約上の委託者の地位を譲渡した(争いのない事実)。
    3. (3)被告は、本件建物部分を第三者に転貸し、転貸料収入を得るとともに、本件建物部分の管理業務を行っている(甲五、弁論の全趣旨)。
    4. (4)原告は、被告に対し、平成21年10月8日、本件契約を平成22年4月20日の期間満了をもって終了させ、以後は更新しない旨の通知をした(以下「本件更新拒絶」という。甲八の一・二)。
  2. 裁判所の判断
    1. 争点(1)(本件契約の更新を拒絶するには借家法1条の2の正当事由が必要か)について
      1. (1)前提事実(2)アによれば、原被告間に承継された本件契約の合意の内容は、原告が被告に対して本件建物部分を賃貸し、被告が原告に対してその対価として賃料を支払うというものであり、建物の賃貸借契約であることが明らかであるから、本件契約には借家法1条の2が適用されるべきものである(いわゆるサブリース契約に借地借家法32条1項が適用されるとしたものとして、最高裁平成15年10月21日第三小法廷判決・民集57巻9号1213頁参照)。したがって、本件契約の更新を拒絶するには同条の正当事由が必要である。
      2. (2)
        1. 原告は、「本件契約のようなサブリース契約は、実質的には業務委託契約の性格を有するから、借家法1条の2を適用すべきでない」旨を主張するが、上記(1)のとおり、本件契約の合意内容が建物の賃貸借であることは明らかであるから、本件契約に借家法1条の2の適用があるというべきである。
        2. 原告は、「借家法は、現に居住している借家人等の保護を目的とするものであり、賃料差益を収受する経済的利益の保護を目的とするものではないから、本件契約に同法1条の2を適用すべきではない」旨を主張するが、転貸目的の賃貸借であっても借家法の適用が排除されるものではなく、原告の上記主張も採用することができない。
        3. 原告は、「サブリース契約の更新拒絶に正当事由が必要であるとすると、賃貸人(オーナー)は、サブリース契約を解消することが著しく困難となり、他のサブリース業者と契約するなどして収益を回復する道が閉ざされてしまう一方で、賃借人(サブリース業者)は、何ら賃料収入の増加に向けた努力をしないまま賃料減額請求をすることで賃料差益を確保できる状況が半永久的に継続してしまう」旨を主張するが、賃貸人は、借家法上、正当事由があれば更新拒絶をすることが可能である上(同法1条の2)、賃料増額の約定に基づき(前提事実(2)ア[4]))、又は、賃料増額請求権(借地借家法32条)の行使等を通じて、賃料を将来に向かって相当な額に変更することも可能であるから、原告の上記主張は採用することができない。
        4. 原告は、「本件契約では、特に元所有者において、金融機関への返済計画と賃貸借の契約期間を不可分一体のものと考え、契約期間の満了に当たって異議があれば更新せず当然に契約が終了する旨を約定していることからすれば、約定の契約期間を重視すべきであり、借家法1条の2を適用すべきでない」旨を主張するが、そのような事情があることが、借家法1条の2の正当事由の判断要素と考慮されることは別段として、賃貸借契約である本件契約に同条が適用されることを妨げるものではないというべきである。
        5. 原告は、「本件契約では、正当事由を要件とせずに、賃貸人側からの中途解約を認める借家法に反する特約が定められていることからしても、本件契約に同法1条の2を適用すべきでない。」旨も主張するが、上記特約が存在すること(前提事実(2)ア(ウ))は、本件契約に同条が適用されることを妨げるものでなく、むしろ、同条の2に反する上記特約は建物の賃借人に不利なものとして無効(同法6条)と解されるのである。
        6. 原告は、「借家法1条の2を適用すべきとする被告の主張は、賃貸人及び賃借人に異議なき場合に契約が更新される旨の合意をしたこと、すなわち、異議がある場合には契約が終了するとの趣旨に反する禁反言に当たり、信義則上許されない」旨を主張するが、上記オにおけると同様、上記の合意は、賃貸人は同条の2の正当事由がなくとも更新ができるという意味においては無効であると解されるのであり(同法6条)、上記の合意があることにより、本件契約に同法1条の2が適用されることを妨げるものではない。
      3. (3)以上のとおり、原告の主張はいずれも採用することができず、本件契約の更新拒絶をするには借家法一条の二の正当事由が必要である。
    2. 争点(2)(本件更新拒絶には借家法一条の二の正当事由があるか)について
      1. (1)
        1. 借家法1条の2の正当事由とは、賃貸借契約の当事者双方の利害関係その他諸般の事情を考慮し、社会通念に照らして妥当と認めるべき理由をいうものであるところ(最高裁判所昭和25年6月16日第二小法廷判決・民集4巻6号227頁参照)、具体的には、当事者双方の建物を使用する必要性の有無、程度に関する事情を最も重要な要素とし、これに加え、賃貸借に関する従前の経過、建物の利用状況、建物の現況、契約期間中の賃借人の不信行為、立退料の提供の申出(最高裁判所昭和46年11月25日第一小法廷判決・民集25巻8号1343頁参照)などを従たる要素として考慮して、正当事由の有無を決すべきものと解される。
        2. この点、原告は、「本件契約では、特に元所有者において、金融機関への返済計画と賃貸借の契約期間を不可分一体のものと考えて約定したことからすれば、サブリース契約である本件契約における正当事由の判断は、契約期間が満了したことを重視すべきである」旨、「サブリース契約においては、賃貸人及び賃借人とも、自ら建物を使用することは予定しておらず、双方の経済的利益の調整が本質的な問題であるから、立退料の申出は、通常の賃貸借契約のように正当事由の補完事由でなく、重要な要素というべきである。」旨を主張するが、原告の主張する契約期間や立退料の申出が正当事由の考慮要素となることは当然としても、原告の主張する正当事由の判断基準自体を採用することはできない。
      2. (2)原告が本件建物部分を使用する必要性について
        1. 自助努力によって収益を得る必要性
          原告は、「被告は、[1]管理費について、坪当たり2500円が相場のものを3500円に水増しして自己の利益を不当に確保し、[2]空室部分の転貸料相当額を除外した現実の転貸料収入と賃料額とを比較して、逆ザヤになっている旨を原告に説明して、[3]原告の賃料増額の申入れを拒絶した上、[4]転貸借契約書など情報の開示に応じなかったことからすれば、原告と被告との間では、転貸料収入の増加、ひいては賃料収入の増加を図る協力関係を築くことが見込めず、原告において、自ら賃貸人となるなどして自助努力によって収益を得る道を確保する必要性がある」旨を主張する。
          しかしながら、本件全証拠によっても、[1]被告の坪当たりの管理費の額が過大であって被告が自己の利益を不当に確保していること、[4]被告が本件契約の約定(前提事実(2)ア[5])に反して転借人の業況を示す資料の開示を怠っていたことを認めるに足りず、また、[2]賃料額を交渉するにつき、空室部分の転貸料相当額を除外した現実の転貸料収入と賃料額とを比較して説明すること、[3]原告の賃料増額の申入れを拒絶したことは、それ自体が不当であるとはいえず、また、その他に被告において賃借人(転貸人)又は受託者として本件建物の使用に関して支障を生ずるなどの特段の事情があったことを認めるに足りる証拠はない。
          そして、原告が主張する上記の自助努力によって収益を得る必要性とは、賃借人である被告を排除して、自ら直接の賃貸人となり又は第三者に管理を委託して転貸人に本件建物部分を使用させることによって、自らがより高額の賃料を得たいというものであるところ、被告に対する賃料増額請求権(借地借家法32条)の行使等を通じて賃料を将来に向かって相当な額に変更することも可能である上、上記のとおり、被告において賃借人(転貸人)又は受託者として本件建物の使用に関して支障を生ずるなどの特段の事情があったとはいえず、原告において被告から月々の約定の賃料を得られている(弁論の全趣旨)以上、後記(3)アのとおり、現に事業として本件建物部分の転貸を行っており、固有の利益を有している被告に比して、原告において本件建物部分を使用する必要性は低いものということができる。
        2. 本社としての使用の必要性
          原告は、「現在は賃借した建物を本社としているから、経費削減のため、原告代表者の住居に近い本件建物部分の空室部分を本社として利用する予定である」旨を主張する。
          しかし、弁論の全趣旨によれば、原告は、同主張内容を従前の被告との協議、訴訟前の調停及び訴状において主張していなかったこと、原告はその所有する本件建物のうち空いていた9階ないし11階の部分を本社として使用していなかったこと、原告の現在の本社は原告の関連会社が所有している物件であることが認められ、これらの事実からすれば、原告において本件建物部分の空室部分を本社として使用する必要性は低いものというべきである。
      3. (3)被告が本件建物部分を使用する必要性について
        1. 被告の本件建物部分を使用する必要性を判断する場合、原則として、転貸してこれを転借人が使用する必要性があることもその考慮に含めてよいものと解されるところ、前提事実(1)ないし(3)及び弁論の全趣旨によれば、被告は、本件建物部分を転貸しており、転借人が本件建物部分を使用する必要性があることは明らかである上、被告は、この転貸によって転貸料等の収入を得ており、また、建物の転貸条件付一括借上による賃貸業務等を目的とする被告にとって建物賃借権が存在することは事業上重要な部分を占めているものであり、このような被告における使用形態は本件契約においても当然に予定されていたものといえることからすれば、被告において、転借人の利益又は自らの利益のいずれの面からも、本件建物部分を使用する必要性があるものといえる。
        2. この点につき、原告は、「被告との間の本件契約が終了しても、転貸借契約上の賃貸人の地位を引き継ぐことを申し出ている。賃貸人である原告は、転借人の建物使用に配慮していることは正当事由の判断要素というべきである」旨を主張する。
          確かに、原告の主張する上記事情は、正当事由を判断する要素となり得るものと考えられる。しかし、被告には、上記アに述べたように賃借人兼転貸人としての固有の利益もあり、また、前記(2)の認定判断を踏まえると、本件において、原告が転貸人としての地位を引き継ぐことを申し出ていることは、上記アの被告における使用の必要性に関する判断や前記(2)アの原告における使用の必要性に関する判断を覆すものとはいえない。
        3. また、原告は、「被告は、本件建物部分を自ら使用することを予定しておらず、単に賃料差益を収受するという経済的利益は、借家法上保護に値せず、また、本件建物部分における被告の収支は赤字である」旨も主張する。
          しかし、転借人が本件建物部分を使用する必要性があることは明らかであり、被告には、賃借人兼転貸人として前記アの固有の利益もあるのであるから、上記イで述べたことを踏まえると、原告の上記主張は採用することができない。
      4. (4)以上のことからすれば、被告(転借人を含む)には本件建物部分を使用する必要性があるのに対し、原告には、被告における必要性に比して、本件建物部分を使用する必要性は低いものということができるから、原告の主張するその余の事情(サブリース契約の契約期間の満了や立退料の申出等)を考慮しても、原告による本件更新拒絶には正当事由があるとはいえない。

第3 本判決について

今回の判決は、マスターリース契約について、更新拒絶がなされた場合の正当事由の判断として、賃貸人側の事情とサブリース業者側の事情について具体的な内容が検討されておりますので、その事情としてはあくまで最高裁判決が示した基準を基礎として判断しており、マスターリース特有の事情は最高裁基準との関係で判断すれば足りるとしている点が着目すべきではないかと思います。
今回の判決は、マスターリース契約における契約の更新拒絶の事例がまだ少ない中では参考になる事例ではないかと思いますので、上記の判旨を良くご検討されることをお勧めします。

2013.11/12

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亀井英樹(かめいひでき)
東京弁護士会所属(弁護士)
昭和60年中央大学法学部卒業。平成4年司法試験合格。
平成7年4月東京弁護士会弁護士登録、ことぶき法律事務所入所。
詳しいプロフィールはこちら ≫

【著 作 等】
「新民事訴訟法」(新日本法規出版)共著
「クレームトラブル対処法」((公財)日本賃貸住宅管理協会)監修
「管理実務相談事例集」((公財)日本賃貸住宅管理協会)監修
「賃貸住宅の紛争予防ガイダンス」((公財)日本賃貸住宅管理協会)監修