山本から小林の自宅敷地の1億3600万円の不動産鑑定書が届き、伊東が作成した測量図を基に正確に不整形地のかげ地割合等を計算してみると、概ね納税資金は1億700万円で済むことになった。また、交通事故の賠償金は5700万円で決着がつき、この金員も納税に間に合うように支払われることになった。
「こんなことって、実際にあるんですか?」
倉橋は小林の自宅に出向き、小林家の全員がいる前で計算書を出して説明すると、長男の和夫は驚いて言った。
「お金、借りなくても大丈夫じゃないですか」
「そうです。逆に多少、残る計算になります。よかったですね」
倉橋は小林家の全員に言った。
「あとは遺産の分け方を考え、遺産分割協議書を作成すれば終了です」
「その、遺産分割協議書っていうのは何ですか?」
母のトメは、素直に倉橋に聞いた。
「遺産分割協議書というのは、亡くなられたご主人の遺産を家族でどのように分けるかを決める書類です。この書類を作成しないと登記などもできませんし、ご主人の銀行預金の口座のお金も分けることができません」
倉橋はノート型のパソコンを立ち上げ、表計算ソフトの画面を指しながら説明をはじめた。
「一応、これが私の考えた分割案です」
パソコンには亡くなった小林の財産すべてが打ち込んであった。
現金預貯金も銀行口座ごとに銀行名、口座番号、亡くなった時点の残高が克明に記入されていた。また、不動産評価についても、不動産鑑定評価以外のものは、路線価格、各種補正率、評価額が記入されていた。
相続対策などをする場合、倉橋は必ず表計算ソフトを使いデータを打ち込むようにしている。そうすることで基本的な同じデータを何度も使え、いちいち書き換えたりする手間が省けるからである。倉橋は小林の家族全員に三案ほど、倉橋の考え方を示した。
「取り敢えず、縁起でもない話ですが、お母さんは息子さんや娘さんより早く亡くなる可能性が高いですから二次相続のことも考え、なるべく現金を多く相続するようにしましょう」
倉橋は、母トメに言った。現金は、二次相続までに使うことができるし、更なる相続対策でそのお金は有効に活用することができる。
「また、県道に面した倉庫の土地もお母さんにしましょう。あそこは一番路線価格が高いですから、将来も小規模宅地の評価減を使うことを想定すれば相続税的には有利です」
小規模宅地の評価減とは、アパート等の賃貸住宅などの敷地部分について、240m2まで、居住用不動産や、自らの事業に供して敷地については300m2までの土地が50%、あるいは80%減額できる制度である。本来であれば小林も、他の倉橋のクライアント同様に都内の路線価格の高い物件を購入していれば、かなり有利にこの小規模宅地の評価減の恩典が受けられるのであるが、残念なことに小林は、そん対策も行わずに亡くなってしまった。
従って既存の土地の中で、一番評価の高い事業用の土地を選択してこの制度を利用するしかない。
「次にご自宅ですが、これは長男の和男さんとお母さんでよろしいですか?」
倉橋は、長女と次女の顔色をうかがいながら話した。
「もちろん法律的には長男が自宅を継ぐというものでもないのですが、娘さんが相続すれば、結婚相手にもこの家に住んで家を守ってもらう必要があります。いかがですか?」
「もちろん、和男兄ちゃんが家を相続してもらわなければ困ります」
長女は、次女の顔を見ながら言った。
「ねえ?」
そう言うと、次女も長女の顔を見ながらうなずいた。
小林家のように一男二女の家庭では、家督制度が廃止されている今でも、長男がどうしても自宅を相続せざるをえない状況にあり、相続が発生すれば、当然、長男の相続分が多くならざるを得ない。従って、他の兄弟を納得させる為には相応な理論が必要となる。
倉橋は、その多くの経験から、相続において兄弟間での争いが一番熾烈になることを知っている。従って、この遺産分割協議には、かなりの神経と時間を使って全員を納得させるように努力している。
「そこで、このご自宅の固定資産税等が、概ね年間300万円程度かかることを考えれば、長男の和男さんとお母さんには、こことここの倉庫を相続させる必要があると思います」
倉橋は、伊東がきれいに測量した図面を取り出して説明を加えた。
「たいへん失礼な話ですが、和男さんの収入だけではこの固定資産税は払いきれませんからね」
ふんふんといいながら、小林家全員が倉橋の説明を聞きながら納得していった。