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弁護士・亀井英樹先生の法律ノウハウ

敷金返還請求の判例考察(大阪地裁)

大阪地裁敷金返還請求事件の裁判の事案について
 平成17年4月20日、大阪地方裁判所において敷引返還特約に関する判例が出されました。
 事案は、物件の間取り2DKで約45?、賃料月額金7万円、共益費月額金1万円、契約期間2年の賃貸借契約において、賃借人が契約時に保証金(敷金)として金50万円を預けておいたところ、11カ月後に解約した際に、賃貸人が、解約時に金40万円を敷き引いた上、残金10万円について、補修費用金11万570円に充当しようとしたため、賃借人が上記敷引金と補修費用控除後の敷金残金の合計金41万3228円の返還を求めて、訴訟を提起したものです。

敷引特約に関する判旨
 本件について、大阪地裁は、敷引特約について賃貸人である被告が、「通常損耗部分の補修費」であり、空室損料を含むものではない関西一帯の建物賃貸借契約においては、一般的に、経年変化・通常損耗の補修費用に充当する目的で敷引特約が付される現状である旨の主張をしたのを受けて、本件における敷引特約の主旨を通常損耗部分の補修費に充てるためのものとみるのが相当であると認定しました。そして、保証金の額、敷引の額、賃料額、賃貸物件の広さ、賃貸借契約期間などを総合考慮し、敷引額が適正額の範囲内では敷引特約は有効であり、その適正額を超える部分について消費者契約法10条に基づき消費者である賃借人の義務を加重する条項として無効となると判断。本件においては、適正な敷引額は保証金の2割に該当する10万円とみるのが相当であるから、10万円を超える30万円については敷引特約の趣旨を逸脱し無効となるため、賃借人に返還すべき義務があると判断しました。

判決についての評価
 本判決は、敷引特約についても適正額を超える場合には消費者契約法10条に基づき無効となると判断した点で非常に着目すべき判決であると思います。
 しかし、本件の判決について検討してみますと、敷引特約の趣旨を通常損耗部分の補修費に充てるためのものと判断している点が極めて問題であると考えられます。
 敷引特約の性質については、過去の判例においては、例えば (1)平成10年9月3日最高裁判決では、敷引は個々の契約ごとに様々な性質を有するものであると判断しています。また、(2)平成6年12月13日大阪高裁判決においては敷引特約における保証金160万円は、契約終了時には、約60パーセントにもあたる100万円を控除して返還するものとされていることからすれば、右のような通常の使用によって生ずる損耗、汚損の原状回復費用は、右保証金から控除される額によって補償されることを予定していると判断しています。さらに、(3)平成4年7月23日東京地裁判決は、本件におけるように、貸主が預託を受けた保証金のうちの一定額を償却費名下に取得するものとされている場合のいわゆる償却費相当分は、いわゆる権利金ないし建物又は付属備品等の損耗その他の価値減に対する補償としての性質を有するものであると判断し、(4)平成14年6月14日神戸地裁判決では、敷引約定は,一般的には,賃貸借契約成立の謝礼,賃料の実質的な先払い,契約更新時の更新料,建物の自然損耗による修繕に必要な費用,新規賃借人の募集に要する費用や新規賃借人入居までの空室損料等さまざまな性質を有するものにつき,渾然一体のものとして,一定額の金員を賃貸人に帰属させることをあらかじめ合意したものと解されるところ,それら敷引約定はそれなりの合理性を有するものと認められるから,その金額が著しく高額であって暴利行為に当たるなどの特段の事由がない限りは,その合意は有効であると判断しています。
 以上の通り、これまでの判例を検討すると、本判決のように敷引特約を単純に通常損耗部分の補修費と解されてはおらず、最高裁が指摘しているように個々の契約毎に様々な性質を有するものであるから、神戸地裁が指摘しているとおり、賃貸借契約成立の謝礼、賃料の実質的な先払い、契約更新時の更新料、建物の自然損耗による修繕に必要な費用、新規賃借人の募集に要する費用や新規賃借人入居までの空室損料等さまざまな性質を有するものにつき、渾然一体のものであると解すべきであると思います。
 したがって、本判決は、敷引特約を通常損耗部分の補修費の趣旨に限定してしまった点に極めて問題があるものであり、このように敷引特約の性質を通常損耗の補修費に限定した場合には、さらに原状回復特約における有効性の問題とも関連することとなってしまい、本判決の通り極めて厳しい判断がなされたものと考えられます。
 その意味で、本判決は、敷引特約一般について適正な敷引額を敷金の20パーセントに限定したものと判断したものととらえるのは広範すぎるものであり、敷引特約の趣旨を原状回復特約における定額精算特約と同様に通常損耗部分の補修費の趣旨に限定した場合に適用される判例であると解すべきではないかと思います。

2005.07/12

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亀井英樹(かめいひでき)
東京弁護士会所属(弁護士)
昭和60年中央大学法学部卒業。平成4年司法試験合格。
平成7年4月東京弁護士会弁護士登録、ことぶき法律事務所入所。
詳しいプロフィールはこちら ≫

【著 作 等】
「新民事訴訟法」(新日本法規出版)共著
「クレームトラブル対処法」((公財)日本賃貸住宅管理協会)監修
「管理実務相談事例集」((公財)日本賃貸住宅管理協会)監修
「賃貸住宅の紛争予防ガイダンス」((公財)日本賃貸住宅管理協会)監修