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弁護士・亀井英樹先生の法律ノウハウ

敷金返還請求の判例考察(神戸地裁)

神戸地裁敷金返還請求事件の裁判の事案について
 平成17年7月14日、神戸地方裁判所において敷引返還特約に関する判例が出されました。
 事案は、賃貸期間平成15年8月3日から平成17年8月2日、 賃料1か月5万6000円、共益費1か月6000円の賃貸借契約において、賃借人が契約時に保証金(敷金)として金30万円を預けておいたところ、7カ月後の平成16年2月末日で解約して退去した際に、賃貸人が、解約時に金25万円を敷き引いた上、残金5万円を返還したところ、賃借人が上記敷引金25万円の返還を求めて、訴訟を提起したものです。

敷引特約に関する判旨
本件について、神戸地裁は、(1)敷引特約を、賃料以外の金銭的負担を負わせる内容であり、賃借人の義務を加重するものであると判断しています。
そして、(2)本件敷引金の性質について、一般的には、1賃貸借契約成立の謝礼、2賃貸目的物の自然損耗の修繕費用、3賃貸借契約更新時の更新料の免除の対価、4賃貸借契約終了後の空室資料、5賃料を低額にすることの代償などがあり、敷引金の性質について当事者の明確な意思が存する場合はともかく、そのような明確な意思が存在しない場合には敷引金の性質を特定のものに限定してとらえることは困難であるから、その敷引金の性質は、上記1ないし5などの様々な要素を有するものが渾然一体となったものととらえるのが相当である、と判示しています。
さらに、(3)本件敷引金について、上記5つの要素の点が正当なものとして認められるかどうかについて次の通り判断しました。

1賃貸借契約成立の謝礼については、賃貸借契約成立の際、賃借人のみに謝礼の支出を強いることは、賃借人に一方的な負担を負わせるものであり、正当な理由を見いだすことはできない。
2賃貸目的物の自然損耗の修繕費用については、賃借人に賃料に加えて敷引金の負担を強いることは、賃貸目的物の自然損耗に対する修繕費用について二重の負担を強いることになり許されない。
3賃貸借契約更新時の更新料の免除の対価については、貸借契約において、賃借人のみが賃貸借契約の更新料を負担しなければならない正当な理由を見い出すことはできず、しかも、賃借人としては、賃貸借契約が更新されるか否かにかかわらず、更新料免除の対価として敷引金の負担を強いられるのであるから、不合理な負担である。
4賃貸借契約終了後の空室資料については、賃貸借契約は、賃貸目的物の使用収益と賃料の支払が対価関係に立つ契約であり、賃借人が使用収益しない期間の空室の賃料を支払わなければならない理由はないから、これを賃借人に負担させることは一方的で不合理な負担である。
5賃料を低額にすることの代償については、賃料の減額の程度が敷引金に相応するものでなければ、実質的には賃借人に賃料の二重に負担を強いることにもなるところ、本件において、賃料の減額の程度が敷引金に相応するものであるかは判然としない。また、本来、賃借人は、賃貸期間に応じて自的物の使用収益の対価を負担すべきものであるから、賃貸期間の長短にかかわらず、敷引金として一定額を負担することに合理性があるとは思えない。さらに賃借人は、敷引特約を締結する際、賃貸期間について明確な見通しがあるわけではなく、また、敷引金の負担によりどの程度賃料が低額に抑えられているのかという情報を提供されない限り、敷引金の負担により賃料が低額に抑えられることの有利、不利を判断することも困難である、と判断しました。

 そして、本件敷引金の1ないし5の性質から見ると、賃借人に本件敷引金を負担させることに正当な理由を見い出すことはできず、一方的で不合理な負担を強いているものであると判断しています。
 以上の通り、本判決は、本件敷引特約について論じた上で、(4)本件敷引特約について、消費者契約法との関係で、信義則に反し一方的に不利益であるため無効であると判断している。すなわち、敷引特約は、賃貸目的物件について予め付されているものであり、賃借人が敷引金の減額交渉をする余地はあるとしても、賃貸事業者(又はその仲介業者)と消費者である賃借人の交渉カの差からすれば、賃借人の交渉によって敷引特約自体を排除させることは困難であると考えられる。これに加え、上記のとおり、関西地区における不動産賃貸借において敷引特約が付されることが慣行となっていることからしても、賃借人の交渉努力によって敷引特約を排除することは困難であり、賃貸事業者が消費者である賃借人に敷引特約を一方的に押しつけている状況にあるといっても過言ではないため、本件敷引特約は、賃貸借契約に関する任意規定の適用による場合に比し、賃借人の義務を加重し、信義則に反して賃借人の利益を一方的に害するものであるから、消費者契約法10条により無効であると判断しているものです。

判決についての分析
 今回の判決は、平成17年5月20日に下された大阪地裁における敷引判決よりも更に、一歩踏み込んだ判決を下しているものである。本判決によれば、敷引特約を定めること自体が、消費者契約法10条により賃借人の利益を一方的に害するものとして無効となることになります。大阪地裁判決においては、敷引特約を自然損耗部分の修繕費として性質を有する場合には無効であると限定的に判断していた場合に比べて、本判決では、一般的に敷引特約そのものを無効とするものであるため、非常に影響力が大きい判決であると考えられます。
 しかし、本判決が直ちに一般化されるかどうかについては、前回指摘した最高裁等の判例が既に蓄積されており、それらの判例を無視してまで、信義則及び消費者契約法を理由として、地域的慣行や、当事者間の合意を簡単に無視して、敷引特約を一般的に無効とできるかどうかについては、極めて疑問の点も存します。
 したがって、本判決については、直ちに一般的なものであると考えるのは早計であり、今後もこのような判決が続くようであれば、関西地区は勿論、全国的に敷引特約そのものが無効であると考えざるを得ませんが、本判決のみでは単なる例外的な事例として判断される可能性もあるかと思います。
 但し、本判決を踏まえて、直ちに講ずべき対策としては、敷引特約を締結する場合には、今後は消費者契約法10条を視野に入れた対策を講ずることが是非とも必要ではないかということです。すなわち、消費者から敷引特約が一方的に不利益な条項と主張されないようにするため、また、消費者に対して消費者契約法上も有効であると反論できるようにするためにはどのような対策が必要かという点を検討する必要があるのではないかと思います。
 紙数も尽きましたので、次回は、消費者契約法10条に関する判例を参照しながら、今後の対応等について説明したいと思います。

2005.08/09

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亀井英樹(かめいひでき)
東京弁護士会所属(弁護士)
昭和60年中央大学法学部卒業。平成4年司法試験合格。
平成7年4月東京弁護士会弁護士登録、ことぶき法律事務所入所。
詳しいプロフィールはこちら ≫

【著 作 等】
「新民事訴訟法」(新日本法規出版)共著
「クレームトラブル対処法」((公財)日本賃貸住宅管理協会)監修
「管理実務相談事例集」((公財)日本賃貸住宅管理協会)監修
「賃貸住宅の紛争予防ガイダンス」((公財)日本賃貸住宅管理協会)監修