敷引特約に関しては、関西において、判例が多数出されておりますが、京都地裁においては、平成19年4月20日、新たに敷引特約に関する判決が下されましたので、その内容を報告します。
事案の概要
賃料月額7万3000円、賃貸期間平成13年12月26日から平成15年12月25日まで、敷金35万円、敷金の返還時期退去後1か月以内の約定で賃貸借契約し、更に敷引特約として、賃貸人は、本件賃貸借契約締結の際、賃借人との間で,敷金35万円のうち30万円については解約引き金として賃借人に返還しない旨の合意をし、賃借人は、平成16年9月1日、賃貸人に対し、賃貸借物件を明け渡したが、賃借人は、賃貸人から、敷引特約に基づき敷金35万円のうち5万円の返還を受けた。このため、賃借人は、上記敷引特約が消費者契約法10条により全部無効であるとして,賃貸人に対し,敷金残金30万円などの返還を求めて訴訟を提起したもの。
判旨
判決では、まず1本件敷引特約が、民法、商法その他の法律の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比し、消費者の権利を制限し、又は消費者の義務を加重するものであるかどうかについて、敷金は、賃料その他の賃借人の債務を担保する目的で賃借人から賃貸人に対して交付される金員であり、賃貸借目的物の明渡し時に,賃借人に債務不履行がなければ全額が、債務不履行があればその損害額を控除した残額が,賃借人に返還されることが予定されている。そして,賃貸借は,一方の当事者が相手方にある物を使用・収益させることを約し、相手方がこれに対して賃料を支払うことを約することによって成立する契約であるから、目的物を使用収益させる義務と賃料支払義務が対価関係に立つものであり,賃借人に債務不履行があるような場合を除き、賃借人が賃料以外の金銭の支払を負担することは法律上予定されていない。
また、関西地方において敷引特約が事実たる慣習として成立していることを認めるに足りる証拠はない。
そうすると,本件敷引特約は、敷金の一部を返還しないとするものであるから、法の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比し、消費者である賃借人の権利を制限するものというべきであるとして、消費者契約法の対象になることを明らかにしました。
そして、消費者契約法10条に該当するためには、2民法1条2項に規定する基本原理である信義則に反して消費者の利益を一方的に害するものであることが必要であるのですが、この点について、判決は、本件敷引特約が信義則に反して消費者の利益を一方的に害するものであるかについて検討するに、賃貸借契約は、賃借人による賃借物件の使用とその対価としての賃料の支払を内容とするものであり、賃借物件の損耗の発生は,賃貸借という契約の性質上当然に予定されているから、建物の賃貸借においては,賃借人が社会通念上通常の使用をした場合に生じる賃借物件の劣化又は価値の減少を意味する自然損耗に係る投下資本の回収は、通常、修繕費等の必要経費分を賃料の中に含ませてその支払を受けることにより行われている。
したがって,自然損耗についての必要費を賃料により賃借人から回収しながら、更に敷引特約によりこれを回収することは,契約締結時に、敷引特約の存在と敷引金額が明示されていたとしても、賃借人に二重の負担を課すことになる。
控訴人及び被控訴人が、本件賃貸借契約締結時に,自然損耗についての必要経費を賃料に算入しないで低額に抑え、敷引金にこれを含ませることを合意したことを認めるに足りる証拠はない。
また、敷引特約は、事実たる慣習とまではいえないものの、関西地区における不動産賃貸借において付加されることが相当数あり,賃借人が交渉によりこれを排除することは困難であって、消費者が敷引特約を望まないのであれば、敷引特約がなされない賃貸物件を選択すればよいとは当然にはいえない状況にあることが認められ、本件敷引特約は敷金の85%を超える金額を控除するもので,控訴人に大きな負担を強いるものであることを総合すると、本件敷引特約は、信義則に反して消費者の利益を一方的に害するものであると判断するのが相当である。
これに対し、被控訴人は次の入居者を獲得するためのリフォーム代を敷引金名目で回収することは、一定の合理性を持つ旨主張するが、新規入居者獲得のための費用は、新規入居者の獲得を目指す賃貸人が負担すべき性質のものであって、敷引金名目で賃借人に転嫁させることに合理性を見いだすことはできない。
また,被控訴人は、建物の賃貸借は、単純な契約関係にすぎず,賃貸人と賃借人との間に情報の格差が特にはないと主張するが、一消費者である賃借人と事業者である賃貸人との間では情報力や交渉力に格差があるのが通常であって、このことは被控訴人が事業者である本件においても同様であるから,被控訴人の同主張も理由がないとして、本件敷引特約は、消費者契約法10条により、特約全体が無効であると認められるから、賃借人が賃貸人に対して請求した敷引額金30万円の返還請求は正当であると判断しました。
本判決の評価
本判決は、これまで関西において下されている敷引特約に関する判決の流れの一つであるといえ、特に新たな判断がなされたものとまでは言えないものと思います。
但し、本件判決でも、敷引特約の有効性については、本件では、敷金額が賃料の4.7か月分で、敷引額が85.7%の場合の敷引特約を消費者契約法10条に違反すると判断した点において、敷引特約に関する一定の判断基準になるのではないかと思います。
なお、敷引特約については、本件では敷引の法的性質について、自然損耗部分の修繕費用に関する負担特約であることを判決は否定していますが、これまでの判決の中には、敷引特約を自然損耗部分の修繕費用の負担に関する特約であるとして、その修繕費用として合理的に認められる範囲で有効であるとした判決も存在します。
したがって、本件のような判決から、今後も、敷引特約については、高額且つ高率な敷引については、消費者契約法で無効と判断される傾向にあると予測されますが、自然損耗部分に関する修繕費用に関する特約であることを明示した場合には、平成17年12月の最高裁における原状回復に関する特約の有効性に関する判断で示されたように、一定の限度で敷引特約の有効性が認められる可能性もあるものと考えられます。