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弁護士・亀井英樹先生の法律ノウハウ

高齢者用賃貸住宅における入居金償却特約に関する大阪高裁平成22年8月31日判決について

出典:ウエストローホームページ
http://www.westlawjapan.com

【1】高齢者向け賃貸住宅における入居金特約
高齢者向け賃貸住宅の供給が最近急速に増大しておりますが、それに伴いトラブルも増えているようです。高齢者向け賃貸住宅においては、介護サービスを付けた上で入居一時金等の名目で多額の金員を賃料とは別に預かるケースが多いのですが、その返還等をめぐって今後トラブルも増える可能性があります。今回の判決では、入居金について償却特約が存在する場合に、当該償却特約が消費者契約法との関係で無効であると判断されました。
高齢者向け賃貸住宅は今後一層増大することが予測される中で、今回の判決は入居金に関して償却特約を定める場合における注意点として参考になると思いますので、その内容を紹介します。

【2】事案の概要

  1. (1)当事者
    被控訴人は、在宅訪問介護サービス、在宅訪問看護サービス、家事援助サービス及び入浴援助サービス業、居宅介護支援事業、高齢者住宅の設置経営、老人、病人及び身体障害者に対する給食の調理、配達、販売、介護保険法による訪問介護事業等を目的とする会社である。
    被控訴人は、原判決添付別紙物件目録記載1の建物(以下「本件建物」という)を所有している。
    控訴人は、Bの子である。Bは、要介護4の状態にあった(乙6、被控訴人代表者本人)。
  2. (2)本件建物
    本件建物は、平成18年9月15日に新築された鉄骨造スレート葺9階建共同住宅である(原審記録の第3分類に編綴された本件建物の全部事項証明書)。被控訴人は、本件建物の1階部分を医療法人aに賃貸し、3階の一部を被控訴人の介護サービス事業(○○)の事務所として使用し、4階を被控訴人関係者の居住の用に当て、その余を高齢者用の介護サービス付き賃貸マンション(以下「本件介護サービス付き賃貸マンション」という)として使用している。
    本件建物の1階部分では、医療法人aの理事長であり、被控訴人代表者の夫であるC医師(以下「C医師」という)が、b診療所を開いて診療に当たっている(乙1、被控訴人代表者)。
  3. (3)本件パンフレット
    本件建物の入居者は、原則として65歳以上の者であって、(ア)要介護1~5認定を受けている者、もしくは申請中である者、(イ)医療的処置を要する者、寝たきりの者らである。被控訴人は、本件介護サービス付き賃貸マンションを「○○」、「cマンション」と称し、その宣伝用パンフレット(乙1、以下「本件パンフレット」という)に、本件介護サービス付き賃貸マンションの特徴を記載していた。
  4. (4)本件賃貸借契約等
    控訴人は、平成19年9月1日、母であるBを本件建物に入居させるため、被控訴人との間で、原判決添付別紙物件目録記載2の居室(本件居室)を目的とした下記建物賃貸借契約(本件賃貸借契約)を締結し、Bは、同契約に基づき本件居室に入居した(甲1)。
    1.                       記


      建物の名称 ○○(本件建物、○○)
      所在地 大阪市〈以下省略〉
      住戸部分面積 25?
      契約期間 平成19年9月1日から2年間
      賃料 月額7万円(翌月分を毎月末日までに支払う)
      共益費 月額3万円(翌月分を毎月末日までに支払う)
      食事代 月額6万円
      電気、水道料 本物件(本件居室)に関する分は、賃借人が自己負担で管理人に支払う。
      特約 1人での入浴は禁止し、介護サービスの範囲内でプラニングする。
      食事(3食) 被控訴人が提供し、副食及び嗜好品については、入居者の病状により医師の指示又は許可が必要となる。
      入居金  入居金600万円、償却方法5年償却(年間償却)
      a 賃借人は、本契約から生じる債務の担保として、頭書(3)に記載する入居金を預け入れる。
      b 賃貸人は、本物件の明渡しがあったときは、遅滞なく、入居金の未償却金を無利息で賃借人に返還しなければならない。
  5. (5)居宅介護支援契約の締結
    B(利用者)は、平成19年9月1日、○○(事業者)との間で、居宅介護支援契約を締結した。同契約において、同契約に定める居宅介護支援を担当する事業所は、被控訴人とされている。また、同契約には、要旨、次のa、b、cのとおりの定めがある(甲11)。
    1. 事業者は、利用者の委託を受けて、利用者が可能な限りその居宅において、その有する能力に応じ自立した日常生活を営むことができるよう居宅サービス計画を作成するとともに、指定居宅サービス等の提供が確保されるようサービス提供事業者と連絡調整その他の便宜を提供する。利用者はこれらの業務の遂行に必要な協力を行うとともに、利用者が費用負担しなければならない所定の利用料、その他の費用を支払う。
    2. 事業者が利用者に提供する居宅介護支援の内容は、(a)居宅サービス計画の作成、(b)居宅サービス事業者との連絡調整、(c)サービス実施状況把握、評価、(d)利用者状況の把握、(e)給付管理、(f)要介護(支援)認定申請に対する協力、援助、(g)相談業務であり、これらは居宅介護支援の一連の業務として介護保険の対象となる。
    3. 居宅介護支援に係る料金は、要介護1、2の者は1万600円、要介護3、4、5の者は1万3780円、経過的要介護の者は9010円であり、契約月のみ初回加算が追加となる。利用料については介護保険適用となる場合は支払う必要がない(全額介護保険により負担される)。
  6. (6)本件賃貸借契約の終了と入居金の返還
    Bは、本訴係属中の平成21年1月26日、本件居室から退去し、控訴人と被控訴人は、同日、本件賃貸借契約を終了させた。
    被控訴人は、本件入居金600万円について、Bの入居期間を2年として240万円を償却し(240万円を取得し)、控訴人に返還すべき入居金の額を360万円とした上、これから平成21年1月分請求額として17万6598円、平成20年4月から平成21年1月までの未払水道光熱費として11万1166円を各控除し、控訴人に対し、平成21年3月2日、残金331万2236円を返還した(甲9の1・2)。
    しかし、償却した240万円の返還を求めて、控訴人は本訴訟を提起した。

【3】判旨

  1. (1)争点(1)(本件償却特約は消費者契約法10条に反するか)の検討
    1. (1)入居金の法的性質
      控訴人が支払った本件入居金については、( I )本件賃貸借契約から生ずる控訴人の債務を担保する目的に止まらず、( II ) 医師及び看護師による24時間対応体制が整った本件居室への入居を可能ならしめることへの対価、( III ) 被控訴人が本件居室に入居したBに提供する医師・看護師らによるサービスの対価としての性質も併せ持つものとして、合意されたと認めるのが相当である。
      しかし、証拠(甲1)によれば、本件賃貸借契約は賃貸借期間を2年とする契約であり、控訴人ないしBが本件居室の終身利用権を有するとは認められず、また、本件賃貸借契約において約定された賃料が、別に前払賃料を要するほど低額であると認めることもできない(下記注記参照)から、本件入居金が本件居室の終身利用権の対価ないし前払賃料の性格を持つとは認められない。
    2. (2)医師と看護師による24時間対応体制
      本件介護サービス付き賃貸マンションにおける医師の対応の実態は、本件建物1階のb診療所においてC医師が診療をしている限りにおいて、同医師が入居者の異変に対応することが可能であることを意味するにすぎず、Bの入居期間中、C医師、D医師、E医師が、随時、本件建物の4階の各部屋を使用していたことを考慮しても、本件介護サービス付き賃貸マンションにおいて、医師による24時間対応体制がとられていたと認めることはできない。
      本件建物には、被控訴人(○○)が原則的には1夜1名の体制で夜勤看護師を配置していたし、b診療所が開いている間は同診療所に看護師が居たことが認められる。しかし、a b診療所の休診日(木曜日と土曜日)の午前8時から午後8時まで、b 月曜日・火曜日・水曜日・金曜日の午前8時から午前9時まで、c 日曜日・祭日の午前8時から午前9時までと午後6時から午後8時までの相当時間、d 事務員が看護師に代わって夜勤をした日は、本件建物には看護師が不在になり、本件介護サービス付き賃貸マンションは、看護師による24時間対応体制が執られていたというにはほど遠い実情にあったものといえる。
    3. (3)Bが本件居室で受けたサービスの内容
      前提事実、証拠(乙6)及び弁論の全趣旨によれば、Bは、本件居室において、身体介護、生活援助、訪問看護、准看、夜朝等の名目で介護にかかるサービスの提供を受けていたこと、これらのうち、身体介護及び生活援助にかかるサービスは被控訴人(○○)が提供し、訪問看護、准看及び夜朝のサービスは医療法人a(b診療所)が提供していたことが認められる。
      そして、Bが本件居室に入居していた約1年5か月間のうち、C医師が本件居室を訪れたのは、全部でたったの2回に過ぎなかった。うち一回は、Bが本件居室に入居した日に、C医師が「どうですか」と声をかけに来たときであり、もう一回は、C医師がBの往診のために本件居室を訪れたときであった。Bは、本件居室に入居期間中、体調不調で医師の診察を必要としたときは、b診療所にまで出向き、一患者としてC医師の診察を受けていた(証人Bの証人調書4項、甲18-1頁終わりから2頁初め)。
    4. (4)Bが本件居室に入居した動機、本件パンフレットの内容の真否
      B(昭和○年○月生)は、脳と心臓に持病をかかえ、医師からは脳梗塞の再発や心臓発作のおそれがあると指摘され、健康に大きな不安があったところ、本件パンフレットに「医師、看護師が昼夜の異変に即対応!」「複数の医師達が実際に住まう24時間対応」「医師が定期的に往診し、健康管理にあたります」と記載されていたことから、それが真実であると思い、本件介護サービス付き賃貸マンションに入居するには、入居金600万円(5年間入居していればなくなる)が必要で、非常に高くつくが、高い分に見合う医師や看護師のサービスを受けられると信じて、控訴人(息子)に頼み込んで、600万円の入居金を払い込んでもらい、本件居室に入居したが、本件パンフレットの上記記載は虚偽であったことが認められる。
    5. (5)本件償却特約の消費者契約法10条該当性
      1. 本件償却特約が意味するもの
        本件入居金は、( I )本件賃貸借契約から生ずる控訴人の債務の担保、( II )医師と看護師による24時間対応体制の整った本件居室への入居を可能ならしめる対価、( III )本件居室においてBに提供されるサービスの対価としての性格を併有するものとして合意されたと認められることは、前記(1)認定のとおりである。
        このように、本件入居金は( I )( II )( III )の性格を併有するのであるから、民法の一般規定(任意規定)に従うときは、被控訴人は、本件賃貸借契約が終了し、Bが本件居室から退去したときには、控訴人に対し、( I )により本件賃貸借契約から生ずる控訴人の債務を清算し、入居期間に応じた( II )の対価を客観的に評価した上で清算(償却)し、( III )のサービス代金を清算して、その残額を返還すべきものである(もっとも、この清算額は、被控訴人が主張立証すべきものである)。
        すなわち、本件償却特約は、( I )本件賃貸借契約が終了してBが本件居宅から退去した時点において控訴人が被控訴人に対して実際に負担していた未払債務の額、( II )Bの本件居室(○○)への入居を可能ならしめる対価の客観的な額、( III )Bが本件居室に入居して実際に受けたサービスの対価の客観的な額を離れて、控訴人がBの退去時に取得する入居金の返還請求権を、1年毎に120万円ずつ、5年間で消滅(償却)させるとするものである(しかも、被控訴人は、1年未満の期間は1年とみなす趣旨であると主張している)。
        そこで、本件償却特約が消費者契約法10条に該当して無効であるかどうかを判断することとなるが、本件入居金の性質のうち( I )にかかるもの(本件賃貸借契約から生ずる控訴人の債務の担保)については、本来、本件賃貸借契約から生ずる控訴人の債務は、本件償却特約による償却とはかかわりなく、控訴人が支払うことが予定されているのであり、本件においても、控訴人は本件償却特約による償却分とは別にこれを支払っていることが認められる。
        したがって、上記判断においては、専ら、本件入居金が( II )( III )の性質を有することを前提として、( II )Bの本件居室への入居を可能ならしめる対価及び( III )Bが本件居室に入居して実際に受けたサービスの対価の客観的な額を離れて、控訴人がBの退去時に取得する入居金の返還請求権を1年毎に120万円ずつ5年で消滅(償却)させるとする本件償却特約が、民法の一般規定による場合に比べて消費者(控訴人)の権利を制限し、民法1条2項に規定する基本原則に反して消費者(控訴人)の利益を一方的に害すると認められるかを判断することとなる。
      2. 本件償却特約の消費者契約法10条該当性
        以上のとおり、( II )本件居室への入居を可能にする対価として600万円の入居金を5年で償却することが相当であるとは到底認められず、また、( III )Bが本件居室で提供を受けていた個別のサービスについては、その対価の全部が介護保険ないし各月における控訴人への請求及び控訴人の支払によって支払われていると認められるから、前記(1)で認定した本件入居金の性質を前提としても、本件賃貸借契約の終了及びBの退去に伴って、民法の一般規定により本件入居金を清算するとすれば、控訴人はそのほとんど全部の返還を受けることができると認められる。
        しかも、前記(4)のとおり、B(昭和○年○月生)は、脳と心臓に持病があり、医師からは脳梗塞の再発や心臓発作のおそれがあると指摘され、健康に大きな不安を抱えていたところ、本件パンフレットに「医師、看護師が昼夜の異変に即対応!」「複数の医師達が実際に住まう24時間対応」「医師が定期的に往診し、健康管理にあたります」と記載されていたことから、Bは、それが真実であると思い、本件介護サービス付き賃貸マンションに入居するには、入居金600万円(5年間入居していればなくなる)が必要で、非常に高くつくが、高い分に見合う医師や看護師のサービスを受けられると信じて、控訴人(息子)に頼み込んで、本件入居金600万円を支払ってもらって本件居室に入居したが、本件パンフレットの上記記載は虚偽であったことが認められる。
        したがって、被控訴人は大きな病気を抱え、健康に不安がある高齢者の弱みにつけ込み、本件介護サービス付き賃貸マンションに入居すれば、医師及び看護師から24時間対応の医療サービスを受けることができる、と偽った本件パンフレットで入居者を募り、入居金600万円を5年間で償却するという被控訴人に極めて旨味のある条件で、控訴人に600万円を払い込ませていたのであり、しかも、被控訴人(○○)がBに提供した医療サービスは、入居金(年間120万円)に見合う価値など全くなかったのであるから、被控訴人が展開している介護サービス付き賃貸マンションビジネスは、極めて問題のある商法であるといわざるを得ない。
        上記によると、本件償却特約は、( II )本件居室への入居を可能ならしめた対価の客観的価額がほとんどなく、( III )実際にBが本件居室で受けた対価未払のサービスが皆無に近いのに、被控訴人が、重大な病気を抱えた高齢者であるBの健康上の弱みにつけこみ、Bないしは控訴人に対し、医師及び看護師から24時間対応の医療サービスを受けることができる、という虚偽の事実を告げて、控訴人に本件入居金600万円を払い込ませ、1年毎に120万円ずつを取得するものであるから(しかも、被控訴人は、1年未満の期間は1年とみなす趣旨であると主張している)、本件償却特約は、民法の一般規定による場合に比して消費者である控訴人の権利を制限する条項であり、民法1条2項に規定する基本原則(信義誠実の原則)に反して控訴人の利益を一方的に害するものというべきである。
        よって、本件償却特約は、消費者契約法10条により無効と認めるのが相当である。
  2. (2)争点(2)(本件償却特約における1年未満の期間の扱い)の検討
    上記のとおり、本件償却特約は消費者契約法10条により無効であるから、争点(2)については判断の必要がない。

【4】本判決の評価
本判決は、高齢者向けの介護サービス付き賃貸借契約において、契約書等で謳っている介護サービスが実際には実施されていない場合等の実態を伴わない場合には、入居金の償却特約は消費者契約法に反し無効と判断したものであり、今後益々増加することが予想される高齢者向けの介護サービス付き賃貸借契約について、その内容に一定の歯止めをかけたものと言えるのではないかと思います。また、高齢者向け賃貸住宅において授受されることが多い入居一時金の法的性質についても判断している点で着目すべき判例ではないかと思います。
高齢者向け賃貸住宅において提供される介護サービスの内容は、法的にも未規制の分野であることから介護保険の対象外の部分も多数存在し、個々の事業者や契約毎にそのサービス内容が全く異なっております。本判決は、賃貸住宅において提供される介護サービスの内容と入居金の償却特約との間に十分な対価性が要求されることを明らかにした点で、これから介護サービス付きの賃貸事業を行おうと考えている賃貸事業者の方はもちろん介護サービス付きの賃貸住宅の利用を考えている消費者の方にとっても、大変参考になる判決ではないかと思います。

2011.02/22

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亀井英樹(かめいひでき)
東京弁護士会所属(弁護士)
昭和60年中央大学法学部卒業。平成4年司法試験合格。
平成7年4月東京弁護士会弁護士登録、ことぶき法律事務所入所。
詳しいプロフィールはこちら ≫

【著 作 等】
「新民事訴訟法」(新日本法規出版)共著
「クレームトラブル対処法」((公財)日本賃貸住宅管理協会)監修
「管理実務相談事例集」((公財)日本賃貸住宅管理協会)監修
「賃貸住宅の紛争予防ガイダンス」((公財)日本賃貸住宅管理協会)監修