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弁護士・亀井英樹先生の法律ノウハウ

定額補修分担金平成21年9月30日判決について

定額補修分担金判決に関する新たな判決
定額補修分担金判決については、消費者契約法10条に反するという判決と同条に反しないという判決とが既に出ておりますが、今回新たに、消費者契約法12条3項に基づき、定額補修分担金条項について、適格消費者団体による差止請求がなされたことに対する判決が平成21年9月30日、京都地裁で下されましたので、下記のとおり報告いたします。

事案の概要
 本件は、消費者契約法13条に基づいて内閣総理大臣の認定を受けた適格消費者団体である原告が、不動産賃貸業及び不動産管理業を目的とする事業者である被告に対し、定額補修分担金条項が同法10条に反して無効であるとして、同法12条3項に基づき、下記の定額補修分担金条項を含む意思表示をすることの差止め及び同条項を含む契約書用紙の破棄等を求めた事案です。

定額補修分担金条項

  1.  消費者は、目的建物退去後の賃貸借開始時の新装状態への回復費用の一部負担金として、定額補修分担金を被告に対し支払う。
  2.  当該消費者は、被告に対し、定額補修分担金の返還を、入居期間の長短にかかわらず、請求できない。
  3.  被告は、当該消費者に対し、定額補修分担金以外に目的建物の修理・回復費用の負担を求めることはできない。ただし、当該消費者の故意又は重過失による同建物の損傷及び改造については除く。

判旨

  1. 消費者契約法10条前段該当性
    1.  定額補修分担金条項が「民法、商法その他の法律の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比し、消費者の権利を制限し、又は消費者の義務を加重する消費者契約の条項」(消費者契約10条前段)に該当するかを検討する。
    2.  民法の規定(616条、598条)によれば、賃借人は、賃貸借契約が終了した場合には、賃借物件を原状に回復して賃貸人に返還する義務があるところ、賃貸借契約は、賃借人による賃借物件の使用とその対価としての賃料の支払を内容とするものであり、賃借物件の損耗の発生は、賃貸借契約の性質上当然に予定されているものといえる。したがって、建物の賃貸借契約において、通常損耗の原状回復費用は使用収益の対価たる賃料に含まれているというべきであるから、原則として賃貸人が負担するべきである。
    3.  定額補修分担金条項においては、賃借人が賃貸借契約締結時に、賃貸借開始時の新装状態への回復費用の一部負担金として、一定の金銭(定額補修分担金)を支払うこととされており、ほかに通常損耗の原状回復費用が定額補修分担金に含まれないとの条項もないから、定額補修分担金条項は、通常損耗分の原状回復費用も含んでいるものと解される。そして、故意又は重過失による賃借物件の損耗・改造費用については、別途賃借人に請求できることが定められていること、いったん支払った定額補修分担金の返還を請求できないとされていることからすると、結局、賃借人の軽過失による損耗の原状回復費用が、支払った定額補修分担金の額に満たない場合には、賃借人は本来負担しなくてもよい通常損耗の原状回復費用を負担させられることになる。相当額の通常損耗の発生が不可避的であることも考慮すると、この点において、定額補修分担金条項は、民法の規定の適用による場合に比して、賃借人の義務を加重する条項であるということができる。
  2. 消費者契約法10条後段該当性
    1.  次に、定額補修分担金条項が「民法第1条第2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するもの」(消費者契約法10条後段)に該当するかを検討する。この要件に該当するかは、消費者契約法1条の趣旨に照らし、契約条項の内容のみならず、契約当事者の有する情報の質や量及び交渉力の格差の程度等諸般の事情を総合的に考慮して決するべきである。
    2.  そこでまず、定額補修分担金条項の内容をみると、賃借人の軽過失による損耗の原状回復費用が定額補修分担金の額を超える場合には、賃借人はその差額の支払を免除されるから、その額によっては賃借人の利益になることもあり得るが、賃借人の軽過失による損耗の原状回復費用が、定額補修分担金の額に満たない場合には、賃借人は本来負担しなくてもよい通常損耗の原状回復費用を負担することになる。
    3.  次いで、被告を賃貸人とする定額補修分担金条項を含む賃貸借契約における定額補修分担金の額をみると、原告提出の証拠によれば、被告からは特段の立証はない。定額補修分担金の額は、7~30万円で平均して18万円強であり、月額家賃の2~4倍で平均して3倍強である。賃借人の軽過失による損耗の原状回復費用がこれらの額になることは、あまりないと考えられる。
    4.  すすんで、その他の事情について検討する。証拠及び弁論の全趣旨によれば、被告は建物賃貸借、マンション管理、運営等を業としており、建物の修繕に関する知識や情報が豊富であること、定額補修分担金の額は、明確な算定基準はなく、被告が、賃借物件ごとに、賃借人の特性、賃貸物件の広さ、設備・素材の損傷のしやすさ、契約期間、用法などの諸要素を総合的に考慮し、退去時の原状回復費用を予想して提示していたことが認められる。
      他方、証拠及び弁論の全趣旨によれば、被告が、建物賃貸借契約締結に際し、賃借人に、定額補修分担金について、退去時において入居時と同様の新装状態に回復することが必要で、そのうちの一部として定額補修分担金を負担してもらう旨の説明をしていたことが認められるものの、その有利な点、不利な点を判断するために必要な情報(一般的に生じる原状回復費用の種別と額、賃借人の軽過失による原状回復費用が定額補修分担金の額に満たない場合には本来負担しなくてもよい通常損耗部分の原状回復費用を負担させられる結果となることなど)を提供していたと認めるに足りる証拠はない。
      そうすると、賃借人が消費者である場合、賃借人は、定額補修分担金の額が自己に有利か不利かを判断するのに十分な情報なくして定額補修分担金条項に合意することが多くなり、賃借人と賃貸人との間に、顕著な情報の質及び量の格差があることになる。
    5.  以上によれば、定額補修分担金は、その額によっては賃借人に有利となることもあり得るが、現実にそのような例があるとは窺えず、定額補修分担金の額の設定方法や賃貸人と賃借人との情報の格差を考慮すると、その額が賃借人に有利に定められることは期待しがたく、軽過失による損耗の原状回復費用はもとよりこれに通常損耗の原状回復費用を加えた額を超えるように定められることが、構造的に予定されているとさえいえるものである。
      結局、定額補修分担金の額が賃借人にとって有利な額である場合が観念的にはあり得るとしても、定額補修分担金条項は、基本的に、信義則に反して消費者を一方的に害する条項であるということができる。
  3. 消費者契約法12条3項に基づく差止めの要件を満たすか  
    1. 消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示を現に行い又は行うおそれがあるときといえるか。
       消費者契約法12条の「現に行い又は行うおそれがあるとき」とは、現実に差止めの対象となる不当な行為がされていることまでは必要ではなく、不当な行為がされる蓋然性が客観的に存在している場合であれば足りる。
      被告は、平成19年7月から、定額補修分担金条項を含む賃貸借契約を締結していないと主張するが、被告が、平成20年3月25日における報道関係者に対する報告において、定額補修分担金の違法性については争う姿勢を見せていること、本訴訟においてもその違法性を争っていることからすると、今後、被告が定額補修分担金条項を含む消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示を行う蓋然性が客観的に存在するといわざるを得ない。
      よって、消費者契約法12条3項の「消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示を現に行い又は行うおそれがあるとき」に当たる。
    2. 一律の差止めが相当か
       前記2-iiのとおり、確かに、定額補修分担金の額が、賃借人の軽過失によって生じる損耗の原状回復費用を下回る場合には、賃借人にとって有利な条項となることもあり得るが、同 iii、iv、v のとおり、被告において、賃借人の利益になる態様で、定額補修分担金条項を運用していた例があるとは到底認められず、基本的に信義則に反して消費者を一方的に害していたということができる。
      そうすると、今後とも、被告において、消費者契約法10条に反する態様で定額補修分担金が運用されるものと考えざるを得ず、その額を問わず一律に当該条項自体の使用を差し止めるのが相当である。
    3. 合意更新の場合にも差止めができるか
       定額補修分担金条項は、当初の賃貸借契約締結時に、賃借人が退去時に支払うべき原状回復費用の額を定額に定めることを合意し、あらかじめその支払いを完了させておくものであるから、合意更新時に改めて何らかの意思表示がされることは予定されていないと考えられ、合意更新時における定額補修分担金条項の使用については、差止めの対象を観念できないともいえるが、合意更新の意義によっては、従前の契約内容を変更したり、これに付加したりして、定額補修分担金条項を含む意思表示をすることも観念できないではない。しかし、被告において、合意更新時に定額補修分担金条項を含む意思表示をしたことがあることを窺わせる証拠もなく、今後の合意更新時において被告がそのような意思表示を行うおそれがあるとも認められないから、結局のところ、合意更新時における差止請求には理由がない。

判決の評価について
 本判決は、定額補修分担金特約について、消費者契約法10条に反すると判断を下した点において、定額補修分担金特約の有効性の判断の参考事例になると考えられますが、それ以外にも、本判決では、適格消費者団体による差し止め請求について判断がなされており、適格消費者団体が差止請求を行う場合における、その差止請求の許される範囲について、合意更新の場合にまでは差止請求は許されないと判断しており、差止請求の認められる範囲を示した判例としても参考になるものと思います。

2010.01/26

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亀井英樹(かめいひでき)
東京弁護士会所属(弁護士)
昭和60年中央大学法学部卒業。平成4年司法試験合格。
平成7年4月東京弁護士会弁護士登録、ことぶき法律事務所入所。
詳しいプロフィールはこちら ≫

【著 作 等】
「新民事訴訟法」(新日本法規出版)共著
「クレームトラブル対処法」((公財)日本賃貸住宅管理協会)監修
「管理実務相談事例集」((公財)日本賃貸住宅管理協会)監修
「賃貸住宅の紛争予防ガイダンス」((公財)日本賃貸住宅管理協会)監修