大家さん、管理会社様の賃貸不動産経営支援サイトREPROS(リプロス)

トップページ ≫ ノウハウ ≫  弁護士・亀井英樹先生の法律ノウハウ ≫ 高齢者向け緊急時対応サービスに関する判例について

弁護士・亀井英樹先生の法律ノウハウ

高齢者向け緊急時対応サービスに関する判例について

高齢者向け賃貸住宅の増加と賃貸借契約の変化

 昨今、高齢化社会に向けて高齢者向け賃貸住宅が増加しております。そして、高齢者向け賃貸住宅の中には、貸室内をバリアフリー化するなどの設備を改善するだけでなく、入居者向けの緊急対応や食事等のサービスを提供する特約を設けている契約も増加しつつあります。

 しかし、新たな特約は、賃貸人に新たな債務不履行リスクを発生させることとなり、十分新たなサービス提供についての準備や訓練を積まないままいきなりサービス提供を開始すると、そこに新たな紛争を生じさせる原因となる可能性があります。

 最近出された京都地裁平成20年2月28日判決は、これからの高齢者向け賃貸住宅における新たなサービス提供を行うにあたっての賃貸人のリスクを判断する上で、参考となる判決であると思いますので、以下のとおり紹介致します。

事案の概要

 本件は,京都市長から京都市高齢者向け優良賃貸住宅の認定を受けて被告が管理する住宅を賃借していた亡A(以下「亡A」という)が,同住宅内で死亡した際,同住宅の賃貸借契約に付随する緊急時対応サービス等の利用に関する契約に基づき現場に急行した担当者が,亡Aの部屋の合鍵と異なる鍵を被告から預けられていたために,亡Aの息子である原告が駆けつけるまで部屋を開けて亡Aを発見することができなかったという事案において,原告が,被告に対し,1被告が誤った合鍵を保管していたのは上記緊急時対応サービス等についての契約上の安全配慮義務に違反しているとして,亡Aに対する債務不履行責任に基づき,又は不法行為責任に基づき,慰謝料400万円,2原告は,鍵が合わずに混乱する現場に急行を強いられ,Aの遺体に直面することになるなどして,原告固有の精神的苦痛を受けたとして,債務不履行責任又は不法行為責任に基づき,慰謝料200万円及び弁護士費用60万円並びに上記1及び2の合計660万円に対する亡Aを発見した日である平成19年6月3日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案です。


裁判所の判断

(1) 亡A(ないしその相続人としての原告)に生じた損害について

 そもそも本件緊急対応サービス契約が,高齢者の安全安心な生活のため,特に高齢者向け優良賃貸住宅として認可された本件住宅の賃貸借契約においては必要不可欠な重要性を有していることからすれば,本件緊急対応サービス契約上,被告は,各緊急時の具体的状況のもとで,少なくとも,契約上予定された範囲では,最も安全かつ迅速な方法で同義務を履行する責任を負っているということができる。そして,本件緊急対応サービス契約3条で,生命の危険がある場合の立入権を訴外F社に認め,これを受けて,亡Aに,被告に対し,その「敏速かつ円滑な履行のため,本件住宅の鍵を被告が本件緊急対応サービス」の履行者(訴外F社)に貸し出すことを承諾させていることからすれば,被告ないし訴外F社には,少なくとも,当該状況下であらかじめ保管している合鍵を用いることが最も迅速で円滑な場合には,その合鍵を利用して安全確認をすることが契約上当然期待されているといえるから,これは契約上の義務の内容となっているというべきである。
 被告は,必ずしも合鍵を保管する義務まではないとの主張をするが,合鍵によることが客観的に明らかに迅速円滑な処理のため必要な場合に,過失によりこれを怠った場合にまで裁量の範囲内とはなり得ない。したがって,被告は,本件緊急対応サービス契約上の義務として,常時,正しい鍵を保管して準備をしておき,合鍵による迅速,円滑な立入りが必要な場合には,これを用いて立ち入る方法による救助を行う義務を負っていたというべきである。

 そうすると,前記第2の2の事実によれば,本件では,そもそもDが現場に駆けつけた当時,既に12時間以上パッシブセンサーが作動していない状況にあり,かつ,時間は深夜で,亡Aが在宅している蓋然性が極めて高かったのに,呼鈴を鳴らしても亡Aの応答がなかったと認められるから,亡Aの年齢等を考え合わせれば,まさに亡Aに生命の危険が発生している蓋然性が高く,合鍵を用いた立入りないしこれと同等の方法による安全確認の必要が高い状況にあったと認められる。それにもかかわらず,被告は,正しい鍵の保管を怠っていた過失により,合鍵等の手段で迅速円滑に立入りを行うという,上記義務の履行を怠ったといわざるを得ない。

 もっとも,亡Aは,Dが駆けつけた時点では既に死亡していたから,被告の本件緊急対応サービス契約上の債務も委任者の死亡によって消滅しているのではないかという問題があるが,本件緊急対応サービス契約は,生死に関わる等の緊急事態において,入居者を救助したり,関係機関に通報したりすることで対処する義務であるから,この義務ないしこれに付随する安全配慮義務は,少なくとも,入居者の緊急事態を感知して以降安全確認ないし救助又は関係機関への通報等が終了するまでは,入居者がその前に死亡していたとしても終了せず,継続していると解するべきである。したがって,被告は,亡Aの死後は,亡Aの相続人で,本件損害賠償請求債権を相続した原告に対し,当該緊急事態に対処すべき義務を負っていたと認められる。

 このようにして,被告には,正しい鍵を保管していなかった過失により,常時安全安心な生活をさせる債務及び緊急時に最善の方法で対応すべき債務について,契約当事者たる亡A及びその承継人としての原告に対する債務不履行があったということができる。そこで,上記の債務不履行によっていかなる損害が発生したか検討するに,確かに,前記第2の2の事実によれば,亡Aは,パッシブセンサーにより生活異常が感知された平成19年6月3日午前2時ころより約14時間前の,同月2日午前11時ころに死亡したと認められるから,被告の上記債務不履行と亡Aの死亡との間に因果関係があるということはできない。

 しかし,本件緊急対応サービス契約によって亡Aに保障されている利益は,通報やガス警報器等による警報やパッシブセンサーによる監視により,24時間体制で緊急事態を察知し,電話や合鍵の保管等といった契約の範囲内での方法を駆使して,可能な限り,最善の対応を受けること,加えて,そのような約束をすることで,一人住まいの高齢入居者でも,自分の身に何かがあったときには,少なくとも上記方法の範囲で,最善の方法で対応を受けることができ,家族に無用な心配や迷惑をかけなくともよいという安心感をもって生活できることであり,現実に,入居者が救助されることまでが保障されているものではない。そうすると,その反面として,被告は,同契約の不履行が入居者の生命身体に対する結果と因果関係がある場合のみならず,契約上期待され得る最善の対応がなされず,上記のとおりの入居者の生活の安心が侵害された場合にも,それ自体によって生じた損害を賠償する責任を負うというべきである。そして,その損害は,本件緊急対応サービスを受けることが,高齢者が人に頼らなくても安心して生活をすることができるという,生活の質に関わるものであることからすれば,単にそれまで支払ってきた対価相当の経済的損害がてん補されることのみで回復されるものではなく,安全安心な生活を送れていなかったこと及び実際にその期待を裏切られたことによる精神的苦痛に対する損害の賠償がなされるべきである。

 本件の場合,亡Aが,契約当初から,緊急時には立入りによるサービスまで受けられると信じ,その対価を支払って生活をしていたことにつき,対価を超える精神的損害が観念できるのみならず,更に,平成19年6月2日,密室状態の本件住宅において,亡Aが虚血性心疾患の緊急事態に陥って以降は,契約当事者としては,パッシブセンサーや通報システムにより,遅くとも12時間以内には,原告等周囲の者に迷惑をかけることなく円滑な対処がなされることを当然に期待し得る状態であったのに,合鍵がないためにそれが円滑になされ得なかったのであるから,上記の正当な期待を裏切られたことによる精神的苦痛に対する慰謝料請求権が,亡Aの死亡までは,亡Aについて,亡Aの死亡後は,亡Aの上記契約上の地位を相続したと認められる原告について,発生しているといえる。これらの精神的苦痛は,本件緊急対応サービス契約の趣旨,本件緊急対応サービスのサービス料の額,被告の上記の過失の内容・程度に,実際には,パッシブセンサーの異常検知から約時11間後に亡Aが発見されたこと等一切の事情を考慮すれば,10万円とするのが相当である。

 そして,上記債務は,期限の定めのない債務であるから,前記のとおり原告が慰謝料の支払を請求した平成19年7月23日の経過により遅滞に陥る。

(2)  略

(3)  弁護士費用

 本件は,被告の債務不履行責任が訴訟により認められた事案ではあるものの,本件債務不履行の内容が,単なる金銭債務ではなく,高齢者の安全安心な生活を営む利益が被告の極めて単純な過失により侵害されたことによる,対価を超えた精神的損害を認めたものであること,被告が責任の有無を争っており,原告は訴訟によらねば被告の責任を追及することができなかったと考えられること,その他本件訴訟の経緯等一切の事情を考慮すれば,原告の要した弁護士費用のうち,2万円及びこれに対する,原告が弁護士費用の請求をしたことが当裁判所に明らかな本訴状送達の日の翌日である平成19年9月15日から支払済みまでの遅延損害金は,本件債務不履行と相当因果関係ある損害として認められるといえる。


本判決についての検討

 本判決は、高齢者向け賃貸借契約に付随する緊急時対応サービスに関する賃貸人の安全配慮義務の内容を具体的に判断したものであるため、今後同種のサービス特約を結ぶ場合における参考となる判例になると考えられます。

 特に緊急時対応サービスについては、緊急時に具体的にどのような業務を実施しないと賃貸人は責任を負うのかについての重要な指針になるものと考えられます。

 したがって、既に高齢者向け賃貸住宅等において緊急時対応サービス等のサービスを提供している場合には、本判決を参考にして、当該サービスの内容が明確に定まっているのか、今回の判例のような事案が発生した場合に、具体的な対応策については準備ができているか等についてあらためて再点検する必要があるのではないかと思います。
(出典:裁判所ホームページ http://www.courts.go.jp/

2008.04/22

関連記事

亀井英樹(かめいひでき)
東京弁護士会所属(弁護士)
昭和60年中央大学法学部卒業。平成4年司法試験合格。
平成7年4月東京弁護士会弁護士登録、ことぶき法律事務所入所。
詳しいプロフィールはこちら ≫

【著 作 等】
「新民事訴訟法」(新日本法規出版)共著
「クレームトラブル対処法」((公財)日本賃貸住宅管理協会)監修
「管理実務相談事例集」((公財)日本賃貸住宅管理協会)監修
「賃貸住宅の紛争予防ガイダンス」((公財)日本賃貸住宅管理協会)監修