定額補修分担金判決の概要
(出典:毎日新聞ホームページ http://mainichi.jp/)
(1) 事案の概要
賃借人が2005年3月、賃貸契約を締結した際に「必要な範囲での室内改装費用」として家賃2・5カ月分に相当する定額補修分担金16万円を支払った。原告側は分担金について、貸主が敷金や保証金の一部を差し引く「敷引き」などと同様、通常損耗の補修費を借り手に負担させるのは消費者契約法に違反すると主張して、裁判所に定額補修分担金の返還を求めて提訴したものです。
(2) 判旨
裁判所は、「通常損耗は普通、賃料に含める形で回収されている」とし、分担金について「借り手が負担する必要のない費用の支払いを強いており、金額も貸主が一方的に決めている」ため「借り手の利益を一方的に害し、無効」と述べて16万円の支払いを命じました。
但し、判決文全文をまだ見ていないため、上記の判旨についての疑問点について触れたいと思います。
定額補修分担金特約の性格
定額補修分担金特約は、1退去時に敷金から一定額を差し引く敷き引きではなく、入居時に一定額を賃借人から取得する点で、礼金や権利金に近い性格を有していると考えられます。また、2原状回復費用のうち賃借人に自然損耗部分や経年劣化部分の修繕費用の負担を定める特約であることから原状回復特約の性格を有していると考えられます。さらに、3定額補修分担金特約は、退去時に賃借人が負担する費用額を予め定めておく点で、原状回復費用に充てるための敷き引き特約に近い性質を有していると考えられます。
このため、定額補修分担金特約に関する今回の判例を評価するために、上記の3つの視点からの考察が必要であると思います。
礼金と定額補修分担金特約
礼金とは、権利金ともいわれ賃借権設定の対価であるとか賃料の一部前払であるといわれております。
そして、礼金の特約については、日本各地で一般的に行われており、また、月額賃料の3カ月分を礼金として支払う特約も首都圏においても少なからず存在します。
したがって、金額的な面から見ると月額賃料の2.5カ月分を支払う特約は、特別に公序良俗に違反するような暴利行為であるとは考えられず、当事者間の合意があれば有効となるものと考えられます。
また、礼金が賃料の一部前払であるとすれば、それを自然損耗部分の修繕費に充当することも賃貸人は自由に行うことが可能です。その意味で、礼金としては受領すれば、補修費に充てることも十分に有効になるのに、今回の判決が、定額補修分担金という名称に代わるだけで、賃料としての性格を否定して、特約自体の効力を否定するのはいささか乱暴であり、大いに疑問が残ります。
原状回復特約と定額補修分担金特約
住居用賃貸借契約における原状回復特約については、既に紹介しているとおり、平成17年12月16日最高裁判決においては、「賃借人が補修費用を負担することになる通常損耗の範囲が賃貸借契約書の条項自体に具体的に明記されているか、仮に賃貸借契約書では明らかでない場合には、賃貸人が口頭により説明し、賃借人がその旨を明確に認識し、それを合意の内容としたものと認められるなど、その旨の特約(以下「通常損耗補修特約」という。)が明確に合意されていることが必要である」と判断されております。
そして、定額補修分担金特約が原状回復における通常損耗補修特約の一種であると解するのであれば、まず、最高裁の基準に従って明確な合意が本件において存在するかどうか判断されるべきであると思います。そして、明確な合意が存在する場合には、当然消費者契約法10条に定める1「民法第1条第2項に規定する基本原則(信義則)」に反することにはならず、2「消費者の利益を一方的に害するもの」という判断をまつまでもなく、当該特約は有効であると判断されることとなります。
したがって、今回の判決は、定額補修分担金特約について上記最高裁判例の定める基準に従った判断を十分に行っているのかどうかについても大いに疑問が残るところです。
敷き引き特約と定額補修分担金特約
関西において敷き引き特約の有効性が裁判において争われている事例が多く存在します。そして、敷き引き特約の中でも、今回の定額補修分担金特約と同様、敷き引きを自然損耗部分の補修費の負担特約であるとした大阪地裁平成17年4月20日判決や、大阪高裁平成18年7月26日判決においては、通常の修繕費用である10万円又は12万円の限度で敷き引きを有効であると判断しています。
このように、消費者契約法と敷き引き特約との関係を扱った判決の中には、敷き引き特約を自然損耗部分の補修特約であると解した場合には、一定の限度で有効であると判断して全部無効にはならないのが判例の流れです。
しかし、今回の判決は、定額補修分担金特約を自然損耗部分の補修特約と介していながら全部無効の判断を行っており、この点でも、これまでの判例の流れとは明らかに異なっているため大いに疑問が残ります。
まとめ
以上のとおり、定額補修分担金特約に関する今回の判決は、判決全文を見ていないことを割り引いても、これまでの判例を看過して乱暴な判断を行っている感があります。このため、今後、本事件が高裁においてどのように判断されるかについては是非とも注目していきたいと思います。